フィリピンに13年以上住んでいると、だいたいのことには驚かなくなります。でも「役所の手続き」だけは別です。何年経っても、どこにトラップが仕掛けられているか分からない綱渡りが続きます。
誤解のないように先に言っておくと、この国が嫌いなわけではありません。むしろ好きだからこそ、ここに住み続けています。ただ「知らないと痛い目を見る」ことが多すぎるので、自分と、同じように困っている誰かのために、記録として残しておこうと思います。
エピソード①:国籍が二転三転した話
以前、私のACR-i(外国人登録証)を更新しに行ったときのことです。窓口で書類を確認していた担当者が、こう言いました。
あなたの旦那さん、国籍が『日本』になっていますね。あなた間違って申請してますよ?
はい?旦那はフィリピン人です。目の前に本人が立っているのに、です。
「フィリピン人との婚姻で得られるビザなのに、私も夫も日本人では辻褄が合わないことぐらいわかるだろ!」
…と言いたいところをぐっとこらえて聞くと、答えは「本人がその場にいることは証明にならない。公証済みの書類がなければ訂正できない」というものでした。
BIが犯した「間違い」より、目の前にいる生身の人間より、証拠写真や書類などの紙切れの方が「証拠」として強い。これがフィリピンの役所仕事の基本ルールなんだと、この時初めて骨身に染みました。(この件は以前旦那の国籍が”日本”と誤登録された時の顛末という記事で詳しく書いているので、気になる方はそちらもどうぞ。)
つまり、うちの夫婦は窓口によって「どっちが日本人でどっちがフィリピン人か」が二転三転するという、なかなか珍しい経験をしているわけです。笑い話のようですが、その場では笑えません。何が起きても「証明するのは自分」というのが、この国の役所とのつき合い方の大原則なんだと思います。
私自身のACR-i/13A更新の経験や、NBIクリアランス全般についての基本的な注意点は、以前証拠主義サバイバル術という記事にまとめています。今回はそこからさらに一歩踏み込んで、読者の方が実際にNTSP取得という壁にぶつかった、より詳細な実例をお伝えします。
エピソード②:読者さんから届いた、NTSP・NBIクリアランスの実録
そして今回、この記事を書くきっかけになったのが、読者の藤田さん(仮名)から寄せられた、当時の体験談とその後の顛末です。2年ほど前のことだそうですが、今でも十分「あるある」として通用する内容だと思います。
藤田さんは約10年ぶりにマニラを訪れた際、入管で足止めをくらいました。理由は「同姓同名者がブラックリストに載っている」というもの。生年月日を照合すれば別人だと分かるはずなのに、と理不尽な思いをされたそうです。前回の来訪時にも同様のことがあり、「次回はNTSP(Certificate of Not the Same Person、同姓同名者ではないことの証明書)を持ってこい」と言われたとのことでした。
NTSPとは、フィリピン入国管理局(Bureau of Immigration)が発行する証明書で、日本語にすると「同姓同名の別人証明書」といったところです。
フィリピンの入管には、過去に国外退去処分を受けた人物や、犯罪歴・要注意人物としてブラックリストに登録された人物のデータベースがあります。ところがこの照合は主に名前(アルファベット表記)ベースで行われ、生年月日などで厳密に絞り込まれているとは限りません。そのため、たまたま同姓同名(アルファベット表記が同じ)の人物がブラックリストに載っている(Hitといいます)と、本人とは無関係にもかかわらず、入国のたびに足止めされてしまうことがあります。
NTSPは、この「自分はブラックリストに載っている問題の人物とは別人だ」ということを入管自身に証明してもらう書類です。一度取得して携帯していれば、次回以降は提示するだけで、都度の足止めを避けられる、という位置づけになっています。取得にはNBIクリアランス(無犯罪証明書)や否認宣誓供述書(Affidavit of Denial)などの書類が必要で、申請先はマニラ・イントラムロスにあるフィリピン入管本部です。
NTSPの取得にはNBIクリアランス(無犯罪証明書)が必要と分かり、藤田さんは帰国後、駐日フィリピン領事館で手続きをして、書類をNBI本部へ郵送しました。NBIクリアランスについては、以前オンライン申請が可能になったというニュースを見て調べてみたところ、意外なトラップがあることに気づいたという記事を書いたことがあります(私自身はオンライン申請をしたわけではありません)。今回は郵送での申請で、また別の壁にぶつかることになりました。
ここからが本題です。
2ヶ月経っても届かない郵便物
書類を送ってから2ヶ月、何の音沙汰もありません。困った藤田さんは、知り合いのフィリピン人に電話をお願いしました。ところが、その電話がつながるまでに丸2日かかったそうです。ようやくつながってみると、書類は担当者の手元でずっと止まったままでした。
理由を尋ねると、「パスポートのコピーが同封されていなかった」とのこと。ところが、領事館が公式サイトで公開している手順書を見ると、郵送すべきものは「指紋カード・添付書類(領事館のスタンプ付きの免許証コピーとその英訳)・代金200ペソ」の3点のみで、パスポートコピーはそもそも含まれていません。そのため藤田さんも「入れ忘れるはずがない」と首をかしげつつ、言い争っても仕方ないのでいったん署名なしのコピーを送付したところ、今度は「署名入りのものを再提出してほしい」と言われたそうです。
つまり、署名のないコピーは”有効なコピー”として扱われなかった、ということのようです。本来の手順書には存在しない書類を、署名の有無まで指定して求められる。これもまた、部署をまたいだ情報共有が機能していない一例なのだと思います。幸い担当者のメールアドレスを聞き出せたので、署名入りのパスポートコピーを添付して送付し、一件落着したかに見えました。
そして翌日、謎の追加要求が
ところが翌日、また連絡が来ます。今度は「別れた奥様の出生地と名前を教えてほしい」という要求でした。

ちなみに、こうした個人のメールアドレスでのやり取りは、フィリピンに限らず世界中の行政機関で実際によくあることのようです。ただし本来は公式のドメインを使うべきところなので、こうした非公式なルートでのやり取りは、記録が組織としてきちんと保存・引き継ぎされない一因にもなっていそうです。
領事館のホームページのどこにも、そんな要件は書かれていません。藤田さんご本人も「嫌がらせかな?」と感じたそうですが、こういう場面はフィリピンの行政とのやり取りでは決して珍しくありません。そもそも行政に何かをお願いする時点で、こちらは常に”下手に出る”側です。藤田さんのように相手にとって不利な材料(ブラックリスト掲載)がある状況だと、その傾向はさらに強くなるおそれがあります。
領事館の”線引き”の不思議さ
さらに藤田さんが指摘していたのが、領事館の対応です。NBIに電話する前に領事館へ進捗を問い合わせたところ、「申請の進捗状況などには関与しない」ときっぱり言われたそうです。教えてもらえたのは、NBI郵送セクションの電話番号だけ。
本来なら、書類に不備があった時点でNBIから領事館へ連絡が行き、領事館から本人へ知らせる、という流れがあってもよさそうなものです。でも領事館は「本人の指紋であることを証明するまでが仕事」と割り切っていて、そこから先は当事者任せ。フィリピンならではの、見事な縦割り構造です。
調べてみると、これは担当者個人の冷たさというより、そもそもの制度設計のようです。在外フィリピン大使館・領事館は外務省(DFA)の管轄で、NBIは法務省管轄の別組織。複数の在外公館の公式ページを見ても、判で押したように「大使館はNBIクリアランスを発行する機関ではなく、指紋採取を補助するだけの立場」と明記されています。つまり大使館の仕事は法的に「指紋証明まで」ときっちり線引きされていて、そこから先の審査・発行はNBIの専管事項。しかも世界中の在外公館経由で同じような郵送申請が大量に来ている以上、個別に進捗を追跡する仕組みそのものが用意されていないのだと思われます。「意地悪」というより「縦割りがそもそもの設計」というのが実情に近そうです。
これは何も日本人側だけの悩みではありません。実はライアン自身も、ブルガリア大使館・領事館の管轄違いに苦しめられた経験があります。以前ブルガリア旅行を計画した際、マニラにあったのはブルガリアの「領事館」だけで、しかもそれはフィリピン人向けではなく、フィリピン在住のブルガリア人のための窓口でした。つまりフィリピン人がビザを申請できる場所が、フィリピン国内にそもそも存在しなかったのです。結局、申請のためだけにベトナム・ハノイのブルガリア大使館まで出向く必要があり、あまりにもストレスがかかってしまい、結局私が体調を崩して旅行をキャンセルする羽目になってしまいまいました。国籍によって「大使館・領事館という制度そのものへのアクセスのしやすさ」がここまで変わるというのは、身近で経験してみて初めて実感する類いの理不尽さです。
ちなみに、やっと繋がった電話は音声が途切れがちで話が通じにくかったそうですが(電話もインターネットも、以前に比べればずいぶん改善されたとはいえ、今もサービスにはまだ不安定さが残っています)、対応してくれた担当者が「自分の携帯番号にかけ直してください」とわざわざ教えてくれたのだとか。日本の役所ではまずあり得ない柔軟さですが、たまたま対応が柔軟な担当者に当たった、というだけの話です。フィリピンのお役所仕事は、結局のところ「誰に当たるか」がすべてで、性別や国籍は関係ありません。むしろ同じフィリピン人同士だからといって優しいとは限らず、同胞に対して一番冷たい態度を取るのも同じフィリピン人だったりする、というのはよく聞く話です。こうした理不尽さに日常的にさらされ続けているからこそ、フィリピン人は打たれ強い、という面もあるように思います。この辺りは以前フィリピン人のたくましさの正体という記事でも掘り下げているので、気になる方はそちらもどうぞ。
電話とメール、この非対称性
もう一つ興味深かったのが、電話とメールの扱われ方の違いです。英語に自信のない外国人にとって、フィリピンの役所に自分で電話をかけるのはハードルが高すぎます。一方メールなら、翻訳ソフトを使ってでも意思を伝えられます。今回、担当者のメールアドレスが分かってからは驚くほどスムーズにやり取りが進んだそうですが、逆に言えば、そのアドレスにたどり着くまでが最大の関門だったわけです。
費用の対比
ちなみに、領事館に支払った書類作成手数料は5,250円。一方、フィリピンへ郵送した書類に同封したお金はたったの200ペソ(日本円で数百円程度)だったそうです。この金額差だけでも、どちらの窓口がどれだけ「手厚い」対応をしてくれたか、なんとなく伝わってくる気がします。
これからNBIクリアランスを郵送する方へ
同じような目に遭う方を一人でも減らすために、実体験から言えるアドバイスをまとめておきます。
領事館の公式手順を見ると、郵送セクションに送るのは「指紋カード・添付書類・代金200ペソ」の3点のみとされています。ですが実際には、NBI側から追加で「署名入りパスポートのコピー」の提出を求められるケースがあるようです。念のため、EMSで発送する際は署名入りのパスポートコピーも同封しておくことをおすすめします。
そもそもフィリピンの行政手続きでは、身分証明書のコピーを提出する際、単なるコピーではなく本人の自署サインが入っていて初めて「有効なコピー」として扱われることが多いです。パスポートに限らず、免許証や各種IDのコピーを求められた際は、念のため一言余白にサインを入れておくと、後から出し直しを求められる手間を防げます。
また、契約書など複数ページにわたる書類では、最後のページだけでなく全ページに署名を求められることもよくあります。これは「この内容に同意した」という意思表示を1ページごとに残しておく、という考え方に基づくもので、フィリピンでは割と当たり前の慣習です。日本の感覚だと最後のページに一度サインすれば十分と思いがちですが、こちらでは全ページに目を通しておく方が無難です。(コンドミニアム購入の契約でも、まさにこの全ページ署名を経験しました。)
あわせて、ご自身のメールアドレスを記載した簡単な挨拶状を一枚添えて、「不備があればご連絡ください」と一言書き添えておくと安心です。連絡先さえ分かれば、今回のようにメールでのやり取りに切り替えてもらえる可能性が高くなります。
共通するテーマ
2つのエピソードを並べてみると、見えてくるものがあります。
- 正しさより、証拠の物理的携行性がものを言う。 本人がそこにいても、公証された紙がなければ通用しません。
- 情報は部署間でシェアされない。 こちらで完結したはずの証明が、あちらでは通用せず、また一からやり直しになります。
- 不利な立場だと、現場の裁量で余計な要求が増えることがある。 明文化されていないルールが、突然目の前に現れます。
- 知り合いや代理人のネットワークがあるかどうかで、結果が大きく変わる。 藤田さんの場合も、フィリピン人の知人が電話をかけてくれたことが突破口になりました。フィリピン人の知り合いがいない人は、途方に暮れてしまうかもしれません。
理不尽なことばかり書きましたが、こうした場面でいちばん効くのは、結局のところ「辛抱」です。腹を立てても状況は変わらないし、むしろ長引くだけ。淡々と証拠を揃え、粘り強く連絡を取り続けることが、この国でのいちばんの近道なんだと思います。
おわりに
今回、貴重な体験を惜しみなく共有してくださった藤田さんに、この場を借りて改めてお礼を申し上げます。NTSPやNBIクリアランスで検索しても情報が少なく困っている方は少なくないはずなので、この記事が同じ状況にいる誰かの役に立てば嬉しいです。
そして、これからも「フィリピンあるある」に遭遇するたびに、こうして記録していこうと思います。何が起きても、証拠と辛抱があればきっと乗り越えられます。たぶん。

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