その名もPan Burikat(パン・ブリカット)。セブアノ語で「burikat」は……売春婦。
ルソン島ではPan de Regla(パン・デ・レグラ)とも呼ばれます。「Regla」はスペイン語で月経。
あるいは別名Kalihim(カリヒム / 秘書)。これもまたセクシャルです。
そして見た目は、ただれた傷口のように真っ赤。
初めて見たとき、思わず「これ、本当に食べ物ですか?」と聞きたくなりました。

なぜこんな名前がついたのか
このパン、実は由緒正しい伝統菓子というわけではありません。
ルーツをたどると、フィリピンのパン文化そのものはスペイン植民地時代(約300年)に持ち込まれたもの。代表格のパンデサルも、名前はスペイン語の「pan de sal(パンデサル・塩のパン)」から来ています。
その後、ローカルのパン屋(panaderia)が各地に広がり、安くて腹にたまるパンが庶民の食卓に定着していきました。
Pan Burikatはそんな流れの中で生まれた、いわば庶民の知恵の産物です。
売れ残ったパンを捨てずに、砂糖・ミルク・食紅で練り直してフィリングに。それをロールパンに詰めて焼いたもの。真っ赤な色は、再利用した中身を「別のもの」に見せるための、ある意味カモフラージュでもありました。
名前の由来については諸説ありますが、夜の街で働く人たちがよく買っていたこと、そして真っ赤な見た目が連想させるものから、いつしかこう呼ばれるようになったと言われています。
しかし…女性器と月経を連想させるパンを作るなんてかなりやばくないですかw
Pan Burikat → 売春婦
Pan de Regla → 生理
見た目 → 真っ赤
形 → あの形
全部つながってて、しかも子供が普通に食べてるんですよね。
ちょっとフィルターつけて、じゃあ「秘書」って名前にしたよっていうけど、もっと違う気がするし!!
フィリピン人の夫でさえ、正直に言えない
うちの夫はフィリピン人です。フィリピンのパンがあまり得意ではありません。
好んで行くのは、日本人が経営するベーカリーやケーキ屋さん。フィリピンのパンについて本音を言うと、こうなります。
フィリピンのパンは僕ほんと苦手で……。パンデサルはおいしいけどね。でも他のパンは、正直パンと呼んでいいのか迷うレベル。あれは僕はパンとは呼べないって思ってる。
言っていることは、間違っていないと思います。製法も素材も、日本のパンとは出発点が違う。パンデサルだけは認めているあたり、むしろ誠実な評価だとも言えます。
ただし、これをフィリピン人の友人や家族には絶対に言えないそうです。
言うと「Maalte(マアルテ・気取ってる、見栄っ張り)」だと思われる。「なんでこれが美味しくないの?」と、本気で理解してもらえない。
なぜそうなるのか。
たぶん、フィリピンだけじゃないですが、食べ物が「これまでの生活や歴史」も混じっているからだと思います。
料理とは文化。ソウルフードは侵されてはならない領域。
料理を出すことが愛情表現になりやすい文化で、食事はそのまま家庭・おもてなし・地域の誇りと結びついています。だから「この料理は美味しくない」という一言が、味覚の話で終わらず、「うちの家の味を否定された」「フィリピン人の感覚を下に見られた」という受け取られ方をしやすい。
さらに背景として、フィリピンには長い植民地支配の歴史があります。スペイン、アメリカ、日本——外から支配され続けた経験が積み重なっているぶん、「自分たちのものが低く見られる」ことへの感度が、どこか高いように感じます。
面白いのは、内側では自虐することもあるんです。でも外の人間が同じことを言うと、話が別になる。自分たちでは言えても、よそ者に言われると「守らなきゃ」となる。
例えば、我が故郷・当別町。何もないところだと思いますが、札幌の人から「知らないなあ。当麻町じゃなくて?」と間違えられて、イラっとするのと似てるかもしれません。
アドボ、シニガン、レチョン、ジョリビー。これらは単なるメニューじゃなくて、子どもの頃の記憶であり、家族の集まりであり、「フィリピンらしさ」そのものです。批判されると、理屈じゃなく感情として刺さる。
パンの話をしていたはずが、いつの間にかアイデンティティの話になっている。
そういう国で、「このパンは美味しくない」と言うことの重さを、夫はよくわかっているんだと思います。
フィリピン人は、誇り高い人たちですから。
実際に食べてみました
そんなパンを、私も一個買ってみました。

見た目はやはり衝撃的です。ショーケースの中で、ひときわ主張してくる、だらりとした真っ赤な断面。形も相まって、思わず目をそらしたくなる。
でも、せっかくなので一口。
……ただただ、甘い。
甘さ以外の味覚が、ほぼ感じられません。舌触りはザラザラとしていて、食べ終わったあともしばらく舌の上に残り続ける。そして鏡を見ると、舌が真っ赤に染まっていました。
フィリピン人が甘いものを好む理由は、お茶文化の記事でも書いたのですが、このパンはその極端な形かもしれません。
美味しいかどうかと聞かれると、正直に言います。私には合いませんでした。
フィリピンでの苦手な食べ物が誕生しました。これは飲み込めない…!!
でも、これが「まずいパンの話」かというと、そうでもないんです。
名前も見た目も味も、全部ひっくるめてフィリピン
売春婦のパン。生理のパン。
名前はかなりアウト寄り、見た目は真っ赤、中身は売れ残りパンの再利用です。
それでも長年、庶民のベーカリーで売られ続けている。
しかし、おいしさの基準は、誰が決めるんでしょうか?
たぶん、小さい頃から「これは美味しい」と言われながら食べてきたものが、その人の「普通」になるんだと思います。フィリピンのパンで育った人には、あの甘さが懐かしくて、ほっとする味。それは本物の感覚です。
夫ライアンについてはこちらの記事でも書いていますが、彼のお母さんは面白い人で、「いろんな国の料理を楽しんで食べられる舌を持ちなさい」と、メキシコ料理、日本料理、イタリア料理など、様々なものを作って食べさせてくれたそうです。お父さんは昔ながらのフィリピン料理だけで育ったので、それらをなかなか受け入れられなかったけれど、ライアンはそんなお母さんの元で育った。
だからライアンはフィリピンのパンを一般のフィリピン人とは違う評価をしている。
でも同時に、フィリピンのパンが「故郷の味」にはならなかったんですね。
お母さんが広い世界を見せてくれた結果でもあるし、何かを得ると何かが変わる、ということでもある。
友人たちに聞くと、口を揃えて「ノスタルジックな味」と言います。子供の頃、お小遣いを握りしめてベーカリーに行って、甘くてお腹が膨れるパンを買った記憶。私には合わなかったあの甘さが、彼女たちには幸せな記憶と結びついている。
私が納豆生卵かけご飯が大好きなのと同じ感じなのかも。
味の記憶って、味そのものじゃなくて、その頃の自分や場所や人と一緒に残るものなんだと思います。
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