「僕らは苦いものが嫌いなんだよ。だからお茶は広まらなかった」

フィリピン人の夫がさらっと言ったこの一言。きっかけは、夫が大好きなSans Rival(サン・リヴァル)というケーキを一緒に食べながら、「フィリピン人ってなんでお茶飲まないの?」と聞いてみたことでした。
その意味は「無敵」なケーキ!

Sans Rivalはカシューナッツ入りのサクサクしたメレンゲ生地に、濃厚なバタークリームをたっぷり重ねた焼き菓子です。フィリピンのネグロス島・バコロド発祥とされていて、甘くてリッチで、一口食べれば「あ、これは好きな人はハマるやつだ」と思わせる味わいなんですよね。
名前はフランス語で「比類なき=無敵」という意味。でも生まれはフィリピン。
元々は統治国だったスペインの影響なのですが、当時ヨーロッパでは「フランスのお菓子=高級品」というイメージがあり、そこからこのケーキもフランス語で命名されたそう。
名前はヨーロッパ、中身はフィリピン、というこのギャップ、実はこの国の歴史がぎゅっと詰まっていて、それがまたこの記事の話にもつながってくるんです。
なるほど、と思いました。でも同時に、こんな疑問も浮かんで。
それなら、なぜアンパラヤ(ゴーヤ)はどこのマーケットにも売っているの?
この小さな矛盾を入り口に、フィリピンの食文化と歴史を掘り下げてみたら、とても面白い構造が見えてきました。
サンスリバルケーキのイラスト素材も配布しています。商用利用OK・PNG透過です。
貿易国家なのに、なぜお茶は根付かなかったのか
フィリピンは何世紀にもわたって貿易の交差点でした。中国、東南アジア、そしてガレオン船を通じてメキシコや南米ともつながっていた国です。中国商人との交流も古く、世界最古のチャイナタウンである「ビノンド地区」の歴史も深い。
それなのに、日本や中国・台湾・韓国のように「お茶を日常的に飲む文化」は定着しませんでした。なぜなんでしょう。
🇪🇸スペイン統治がもたらしたもの

フィリピンは約300年にわたってスペイン統治下に置かれていました。スペインのカトリック文化圏では、社交の場の飲み物はコーヒーとホットチョコレート(テーブルチョコラテ)だったんです。スペイン自身もフランス文化を「上流・洗練」として取り入れていて、その影響がそのままフィリピンにも流れ込みました。
結果として、フィリピンでは「お茶=文化の飲み物」ではなく、「コーヒー=社交の飲み物」という土台が作られていったんですね。
🇺🇸アメリカ統治が「甘い飲み物」をさらに強化した

1898年から1946年まで続いたアメリカ統治は、フィリピンの食文化をさらに大きく塗り替えました。アメリカからはアイスティー、ソーダ、甘い清涼飲料水の文化が一気に入ってきたんです。
その象徴がネスレのネスティー。粉を水に溶かして作る甘いアイスティーは、無糖の緑茶や烏龍茶とはまったく別物ですよね。「お茶」という名前はついているけど、実態は「甘い飲み物のひとつ」として定着していきました。
こうしてお茶は「静かに味わうもの」ではなく、「甘くして飲むもの」として再解釈されていったんです。
🇨🇳中国移民はいたけど「茶文化」は広がらなかった

中国系フィリピン人(チャイニーズ・フィリピーノ)の歴史はとても古く、マニラのビノンドは世界最古のチャイナタウンのひとつとされています。でも、中国の工夫茶文化はコミュニティの内側にとどまって、フィリピン社会全体には浸透しませんでした。
日本では茶道が「国民的な精神文化」として昇華されましたよね。フィリピンではそういう「儀式・文化としてのお茶」が育つ土壌がなかった、ということなんだと思います。
「苦いのが嫌い」は本当か?──アンパラヤという矛盾
夫の言葉を思い出してみます。「苦いものは嫌い」。
でもちょっと待って。フィリピンのどのマーケットに行っても、アンパラヤ(ゴーヤ)は必ずあるんですよね。あの、苦味の代名詞みたいな野菜が、なぜ?
ここに、フィリピンの食文化のちょっと面白い論理があります。

アンパラヤは「苦味を楽しむ」ためじゃなくて「体に良いから食べる」
アンパラヤは血糖値を下げる効果があるとされていて、昔から民間療法的に重宝されてきました。つまり「美味しいから食べる」というより、「体に良いから食べる」という機能的な位置づけなんです。
しかもフィリピン料理のアンパラヤ料理(定番は卵と炒めたAmpalaya con Huevoです)は、卵の旨味や塩気で苦味をしっかり和らげています。苦味をそのまま前面に出すんじゃなくて、「調理でコントロールしている」んですよね。
たしかに、うちのママ(義母)も、具合が悪いというと、私たちにすりおろしたアンパラヤのジュースを作って飲ませてくれます。
ライアンママは料理上手で、むちゃくちゃ優しい人ですが、こと病気の時に作ってくれるアンパラやジュースはちょっと違う。甘くするとか、ちょっと飲みやすくするとかいう調節一切なしなんです!
これは日本のお茶とは根本的に違います。緑茶や抹茶の渋みって、それ自体が「味の核心」として楽しまれますよね。苦みや渋みを「味覚の美学」として昇華させる感覚は、フィリピンの食の論理とはちょっと違うんだと思います。
苦いアンパラヤを食べる ≠ 苦みを楽しむ文化がある
この違いが、お茶文化の不在を説明するひとつの鍵なんじゃないかな、と感じています。
フォークとスプーンの食卓──「ワイワイ文化」とお茶の相性
フィリピンでは、食事はフォークとスプーンで食べます。ナイフは使いません。以前フィリピン人の友人がこんなことを教えてくれました。「余計なマナーは飛ばして、みんなでワイワイ食べようっていう文化があるから」と。

この言葉、すごく核心をついていると思います。
フィリピンの食卓は「共有」が基本なんですよね。大皿をテーブルの中央にどーんと並べて、みんなで取り合って食べる。料理はすでに食べやすい形に切られているか、スプーンで崩せるくらい柔らかく煮込まれています。
あるいはもう手で直接食べちゃう!
社交優先、効率優先、とにかく楽しく食べることが一番!という感じです。
一方で、お茶はどうでしょう。
お茶は個人のカップで飲むものです。温度管理も必要で、渋みを繊細に感じるためにゆっくり味わう。どちらかというと静かな一人の時間に向いている飲み物です。「みんなでワイワイシェアする」という食卓の空気に、お茶はなかなかフィットしないんですよね。
日本 → 静の文化、個の時間
フィリピン → 動の文化、共の時間
お茶文化が根付くには、「一人でゆっくり向き合う時間」を大切にする文化的な素地が必要なのかもしれませんね。
それでも「抹茶ブーム」は来ています──ただし、甘くして
近年、フィリピンでも抹茶がじわじわ流行っています。カフェに行けば抹茶ラテ、抹茶フラペチーノ、抹茶ケーキがずらっと並んでいますよね。
ただ、その多くは砂糖をたっぷり入れた甘い抹茶です。

これってある意味、フィリピンが外来文化を「自分たちの味覚」に合わせて再解釈してきた歴史の延長線上にある気がします。Sans Rivalがフランス語の名前を持ちながらフィリピン流に甘く進化したように、抹茶も「苦くてヘルシーな日本の飲み物」ではなく、「おしゃれで甘いデザートドリンク」として受け入れられているんですよね。
フィリピンにお茶文化がないんじゃなくて、「お茶は甘い飲み物として再定義された」というほうが正確なのかもしれません。
その「甘さへのこだわり」は、ローカルベーカリーのパンにも極端な形で現れています。
フィリピンのちょっと衝撃的な名前のパン「Pan Burikat」を食べてみた話はこちら。
まとめ──「無敵のケーキ」が教えてくれたこと
Sans Rivalというケーキの名前を調べるところから始まったこの考察、気づけばフィリピンの歴史・貿易・食文化にまでどんどん広がっていきました。
フィリピンのお茶文化の不在は、単純な「苦味嫌い」だけでは説明できないんですよね。スペインのコーヒー文化、アメリカの甘い飲み物文化、ワイワイとシェアする食卓の論理、そして機能的に苦味を取り入れるアンパラヤの存在──それらが複雑に絡み合って、「フィリピンにはお茶よりも甘くて賑やかな飲み物が合う」という文化が形成されてきたんだと思います。
そしてそのフィリピンで、私は毎朝ドリップコーヒーを淹れたり、近所のローカル珈琲屋さんでアイスアメリカーノを買い、時々抹茶を点てています。
暑さと湿度でぼーっとした頭に、すこーんと冴わたるコーヒーの苦さと深さに続く冷たさ。
Sans Rivalを頬張る旦那くんをながめながら味わうこの時間が好き。
周りから「なんで甘くしないの?」と言われることもあるけれど、そのプライベートな時間が私には必要で、大切にしたいなと思っています。
文化の違いをおもしろがりながら、自分の「小さな儀式」を守っていく。それが、異文化の中で暮らすことの豊かさのひとつなんじゃないかな、と感じる今日このごろです。
英語版はこちら⇨Sans Rival Is “Just a Filipino Cake” — Until You Look Closer

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