カフェの床、古い教会の廊下、ちょっといいホテルのロビー。
フィリピンに住んでいると、どこかで一度は目にするはずのタイルがあります。幾何学模様が美しくて、でもなんとなく懐かしい。ツルツルじゃなくて、少しマットな質感。普通のタイルより分厚くて、なんだか存在感がある。
それが、Machuca Tile(マチュカタイル)です。

ライアンの「ずっと夢だった」タイル
実は、マチュカタイルを自分の家に使いたいというのは、ずっとライアンの夢でした。
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フィリピンで家を建てるとなると、タイル選びはちょっとしたステータスの話にもなります。90年代までは大理石(マーブルタイル)が「上等」の象徴で、どんな素材を使っているかが、その家の格を表すひとつの指標でもありました。赤いセメントタイルもよく使われていて、タイルの選択が暮らしの豊かさを示す時代があったんです。
そんな文化の中で育ったライアンが「いつか絶対欲しい」と言い続けていたのが、マチュカタイルでした。

カラフルで、デザインもおもしろい。職人が一枚ずつ手作りするアート作品が、自分の家にあったらどんなにいいだろう
ずっとそう言ってました。うん、わかる。たしかに素敵。
でも、犬5匹と暮らす家に敷ける?
いよいよ家を建てる段階になって、現実的に考え始めると、少し悩みました。
マチュカタイルはセメント製なので、普通のタイルより割れやすいんです。それに表面に小さな気泡があるため、汚れが入り込みやすいという特性もあります。
ここで私は、犬5匹と暮らす我が家の現実を思い浮かべました。
想像してみてください。美しい幾何学模様のタイルの上に広がる、犬のゲロ。おしっこ。
……悲しすぎます。
それに、普通のタイルより価格も高め。床一面に敷くとなると、コストも相当です。
そこで私が考えた落としどころが、「壁に使う」 こと。
壁なら汚れがつきにくい。割れるリスクも格段に下がる。なにより、インテリアのアクセントとして、むしろ映える。
「ライアンの夢を、壁で叶えよう」
そう決めてからのライアンの興奮は、なかなかのものでした。デザインや配色のシミュレーションを何ヶ月も飽きることなく続け、気づけば夜中の3時にシミュレーターをいじっている日も何度あったことか。
サンプルを大量に作ってもらい、工場にも直接足を運んで、製造工程まで見てきました。
そこまでするか、という話ですが——まあ、夢でしたから。
そもそもマチュカタイルって何?
まず基本から。マチュカタイルはセメントタイルの一種です。
普通のタイルは「焼いて」作りますが、マチュカタイルは違います。型(モールド)に色付きのセメントを流し込んで、プレス機で圧縮して、乾燥させるだけ。窯は使わない。


作業員の方々は、防護服など一切なしでやってるけど病気にならないか心配。
だからこそ、あのマットな質感が生まれます。ツルツルしていない。手で触るとざらっとしていて、でもそれが味になってる。
そして普通のタイルより分厚いんです。層になって作られているから、表面が少しすり減っても中から同じ色が出てくる。色が褪せない。教会や古いホテルで何十年も使われてきた理由が、ここにあります。
実は「中東」から始まった話
このタイルのデザイン、どこかで見たことある気がしませんか?
幾何学模様、星型、複雑に絡み合う線——実はこのデザインのルーツは中東・イスラム文化にあります。イスラム圏では古くからモザイクや装飾タイルが発達していて、幾何学模様を使った建築装飾は宗教的な意味も持っていました。

それがスペインに伝わります。イスラム勢力がイベリア半島を支配した時代、文化は深くスペインに根を張りました。南スペインのアンダルシア地方、アルハンブラ宮殿を思い浮かべてもらえばわかりやすいかも。あの複雑で美しいタイル装飾は、まさにその名残です。

19世紀ヨーロッパで「製法」が生まれた
デザインが定着したスペインやフランスで、19世紀に新しい技術が生まれます。
それがセメントタイル(encaustic cement tile)です。
焼かずに、セメントと顔料を型に入れてプレスして固める製法。今のマチュカタイルの作り方は、まさにここが起源です。
そしてフィリピンへ
スペイン統治時代(約300年以上)、この文化はそのままフィリピンに持ち込まれました。教会、邸宅、公共建築の装飾として広がり、それを受け継いだのが1903年創業のMachuca Tile Companyです。

「Machuca」はメーカーのオーナーさんの名前。マチュカ一家が経営しています。ブランド名がそのままジャンル名になった、コーラやホッチキスと同じパターンですね。今でも当時とほぼ同じ製法で、一枚一枚手作りされています。
| ルーツ | |
|---|---|
| デザイン | 中東・イスラム文化 |
| 製法 | ヨーロッパ(スペイン・フランス) |
| フィリピンでの形 | マチュカタイル |
中東からスペインを経由して、フィリピンの家の壁へ。なかなかロマンある旅ですよね。
工場へ行ってきた
サンプルを何枚も作ってもらって、イベントしょーにも行き、ショールームにも通って、それでもまだ足りなかったライアンは「工場を見たい」と言ったんです。
ちなみにこの日、彼は目当てのタイルと似たデザインの、青い花柄のシャツを着て出かけました。「工場見学に」です。

工場に入った瞬間、まず目に飛び込んでくるのが顔料のドラム缶。棚にずらっと並んでいて、それぞれに番号が書いてある。この顔料をセメントに混ぜることで、あの鮮やかな色が生まれるんです。

製造の工程はこんな感じです👇
- 型(モールド)に色付きのセメントを流し込む
- 下地のセメントを重ねる
- プレス機で圧縮する
- 乾燥させる
焼かない。それだけです。でも実際に工場で見ると、「シンプル」と「手間」は別物だということがわかります。
色を流し込む順番、型のセット、プレスのタイミング——全部、職人さんの手と経験でコントロールされている。機械はあるけど、機械任せじゃない。
世界では衰退してきている技術
工場を見ながら、ひとつ気になって調べてみました。
マチュカタイルのようなエンカウスティックセメントタイルは、実はかつてヨーロッパ中で爆発的に普及した技術です。約200年にわたって建築の装飾として使われ続け、教会、邸宅、公共建築を彩ってきました。
でも一度、ほぼ消えます。
理由はシンプルで——工業製品の登場です。機械で大量生産できる安いタイルが出てきた。手作業はコストが高い。時間もかかる。職人も減っていく。そうして、美しいけれど非効率なこの技術は、世界の多くの場所で静かに姿を消していきました。
最近になって再評価の動きはあります。デザイン性の高さ、「手作り」であることへの価値、高級住宅やおしゃれなカフェでの需要。でもそれは完全な復活ではなく、ニッチな復活です。
そんな中、フィリピンでは1903年から途切れることなく作り続けてきた。
工業化の波も、流行の変化も乗り越えて、今も同じ工場で、同じ型で、同じ手順で。
「これが本物だ」という確信が、見ていてじわじわ伝わってきました。
▶ マチュカタイルの制作風景(約1分)
実際に手に取ってみると、思ったよりずっしり重い。分厚さも普通のタイルとは全然違う。これが「すり減っても色が褪せない」理由でもあります。
サイズはデザインによっても異なりますが、大まかに2〜3種類。正方形のスタンダードなものから、階段用の細長いタイプ、八角形のものまで。思ったより種類があります。

そして工場のあちこちに、失敗作が山積みになっています。
色のムラ、気泡、形の歪み——完璧じゃないものは商品にならない。でもこの失敗作、ランダムに買い取ることもできるそうで、私たちは2〜3枚プレゼントしてもらいました。
柄も色もランダムだけど、それはそれでなんかいい。

ライアンはずっとニコニコしながら工場を歩き回っていました。私はというと、セメントの粉が舞う中でひたすら動画を撮っていました。
マチュカタイルのメリット・デメリット、正直に言います
可愛い、素敵、ほしい——で終わらせないのがこのブログです。実際に検討してわかった、リアルなところを書きます。
✅ 良いところ
まず何といってもデザインの圧倒的な個性。幾何学模様、花柄、クラシックなパターン。組み合わせ次第で、空間の表情がまるっと変わります。「どこかで見たことある」じゃなくて、「うちにしかない」が作れる。
それから先ほど書いた通り、色が褪せないこと。層になって作られているので、表面が少しすり減っても中から同じ色が出てくる。教会や古いホテルで何十年も使われ続けてきた、というのが何より証明しています。
そして手に取ったときのあのずっしり感。これは普通のタイルにはない感覚で、「ちゃんとしたものを使っている」という満足感があります。
❌ 気になるところ
正直に言います。
まず割れやすい。セメント素材の宿命で、強い衝撃には弱い。施工時にも割れることがあるそうで、予備を多めに注文するのが基本です。
次に汚れがつきやすい。表面に小さな気泡があるため、油汚れや水垢が入り込みやすい。定期的なシーリング(コーティング)が必要です。
そして価格が高め。手作りなので当然といえば当然なんですが、普通のタイルと比べると結構違います。
| ✅ デザインの個性 | 他にないオリジナルの空間が作れる |
| ✅ 色が褪せない | 層構造で長持ち |
| ✅ 質感・重量感 | 手作りならではのずっしり感 |
| ❌ 割れやすい | 予備を多めに用意するのがベター |
| ❌ 汚れがつきやすい | 定期的なシーリングが必要 |
| ❌ 価格が高め | 使う場所を絞るのも手 |
実際いくらかかった?
気になるお値段について。
私たちが実際に購入したのは、15×15cmサイズを234枚。金額は37,485ペソでした。
1枚あたりに換算すると約160ペソ。普通のタイルと比べると確かに高いですが、これが職人の手仕事、1903年から続く製法、唯一無二のデザインの値段だと思えば、納得できる気がします。
ちなみにこれは壁一面分。床全体に敷こうとすると、当然もっとかかります。「まずは壁から」という選択は、フィリピンの物価感的に見ても、予算的にも正解でした。
結局、マチュカタイルって何なのか
中東のイスラム文化に始まり、スペインを経由して、フィリピンに根を下ろした手作りのセメントタイル。1903年から変わらない製法で、今も一枚ずつ作られています。
欠点もある。高いし、割れやすいし、汚れやすい。それらを含めて美しく存在するタイルです。
ライアンが夜中の3時にシミュレーターをいじり続けた気持ちは、完成した壁を見たらわかった気がしました。
「アート作品が家にある」——そういうことだったんだと思います。
デザイン考案・ライアンに聞いてみた——どんな思いでデザインを選んだの?
完成した壁を前に、改めてライアンに聞いてみました。
アマデオは涼しいところでしょ。僕はトロピカルモンキーだから、サントリーニよりも、暖かいイメージのタイルにしてよかったよ
カビテ州アマデオの涼しい空気の中に、熱帯の色があふれる壁。
もう満足。これ以上のタイルはできないって思う。
そう言い切れるものが家にある人は、なかなかいないんじゃないかと思います。

この日は感性タイルに合わせた花柄のシャツを着ました。
また夢が一個叶ったね。よかったね。
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