高級ニセモノブランド——あえて偽物を買い求めるフィリピンならではの価値観

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2025年5月、マニラのDivisoriaで税関が大規模な摘発を実施しました。ルイ・ヴィトン、コーチ、マイケル・コースなどの偽造品127万点以上、総額158億ペソ分が一度に押収されたのです。2025年通年で見れば、フィリピン政府が押収した偽造品の総額は約300億ペソ(約750億円相当)にのぼります。

でも正直に言うと、私はこのニュースを見て「え、取り締まってるんだ」と少し驚きました。

フィリピンに住んでいると、ブランドの偽物は日常の風景の一部です。市場はもちろん、グリーンヒルズのような大きなショッピングモールでも、Facebookマーケットプレイスでも、堂々と売られている。「Class A ✔️」と書かれた投稿が普通に流れてくる。違法なはずなのに、誰も特に後ろめたそうにしていない。

この「堂々と売られている」感覚と、「300億ペソ分を摘発している」という現実が、同時に成立しているのがフィリピンです。

そしてそこには、もう一つ面白いことがある。ここでは偽物を「偽物」とあまり言わない。その代わりに使われるのが “Class A” という言葉です。


目次

“Class A”って、何?

“Class A” は、正式な品質規格ではありません。市場やネット販売の場で、出来のいい偽物をそれらしく呼ぶための言葉です。偽物であることに変わりはないのに、”fake” よりも聞こえがやわらかい。そこがまず面白いところです。

どんな商品が多い?

いちばんよく見るのはブランドバッグです。ルイ・ヴィトン、グッチ、コーチ、マイケル・コースあたりが定番で、見た目はかなりよくできているものもあります。次いで多いのが腕時計。ロレックスやオメガのClass Aは、ぱっと見ではわからないほど精巧なものもあります。

服やスニーカー(ナイキ、アディダス、Vans、DCなど)、サングラス、香水、メガネフレームまで幅広く流通していて、日用品から贈り物まで使われています。

どこで売っている?

街中では、チャンゲやティエンダ(小さな雑貨店)に並んでいることが多いです。マニラならDivisoriaやグリーンヒルズが有名どころ。地方の市場でも普通に見かけます。

最近はオンラインでの流通も増えていて、FacebookマーケットプレイスではClass Aと明記した商品が堂々と出品されています。Shopeeでは「Class A」とは書いていないものの、不自然に値段の安いブランド品が並んでいることがある。定価の数十分の一という価格のものは、ほぼフェイクと見ていいかもしれません。

フィリピンでは送金やオンライン決済の文化も発達していて(→ フィリピンの送金・GCash事情はこちら)、こうしたオンライン取引のハードルが低いことも、Class A市場が広がる背景にある気がします。

AA、AAAって何?

Class Aにはさらに細かいランク分けがあります。

  • Class A:偽物だとわかるが値段が安い
  • Class AA:縫製や素材がそれなりで、少し見た目がいい
  • Class AAA:本物に近い仕上がりで、触っても素材感がある
  • Super AAA / Master Copy:ほぼ本物と区別がつかないレベル

値段はClass Aで数百ペソ、AAA以上になると数千ペソになることも。本物が数十万円するブランドバッグに対して、Class AAAでも3,000〜10,000ペソ程度で手に入るわけですから、それが売れる理由もわかります。


なぜ”fake”ではなく”Class A”と呼ぶのか

ここが、この話のいちばん面白いところだと思っています。

“Fake” と言ってしまうと、どうしても安っぽさや違法性が前に出ます。でも “Class A” と言われると、不思議と「質のいい代用品」のように聞こえる。言葉ひとつで、品物の見え方が変わるんです。

買う側にとっては、罪悪感が少し薄まります。「偽物を買った」ではなく「Class Aを手に入れた」になる。売る側にとっても、「Class A商品です」と書けるほうが売りやすい。この言い換えは、誰かが考えて広めたというより、使っていたら自然に定着した感じがします。


人はブランドそのものではなく、何を買っているのか

知人が、資本家のお宅にお邪魔したときのこと。壁にグッチやルイ・ヴィトンのバッグが何個も飾られていて、呆気にとられていた知人に、持ち主はにこにこしながら「これ全部フェイクなの。でもよくできてるでしょ」と誇らしげに話していたそうです。

本物を買っているのではなく、ブランドがくれる雰囲気や記号を買っている

そう考えると、Class Aは単なる偽物ではなく、「見た目の満足感を安く手に入れるための装置」とも言えます。欲しいのは、ルイ・ヴィトンのバッグそのものというより、ルイ・ヴィトンのロゴが持つ雰囲気だったり、それを持って出かけたときの自分の気持ちだったり、周囲からどう見えるかだったりする。

フィリピンのSNSでこんな声を見かけたことがあります。

「外にいると周りに見られている気がして不安になるけど、実際はみんな自分のことで精一杯。誰も他人のことをそんなに気にしていない」

見栄のために買ったはずのものが、実は誰にも見られていない。それでも「持っている自分」への満足感は残る。Class Aが支えているのは、周囲の目というより、自分自身の納得感なのかもしれません。


恥ずかしい、でも使いたい——複雑な本音

ソーシャルメディアには、Class Aについて正直な声が集まるスレッドを発見。

あるRedditのスレッドで、投稿主がこう書いていました。

「個人的には偽物は買わない。でも贈り物でもらったものは質もいいし可愛いから使いたい。ただ偽物だと思われたくない。自分は他の人が偽物をつけているのに気づいてしまうほうだから、自分もそう見られるのが嫌なんです。正直、”公共の場で使っても大丈夫”って言ってほしいだけなんですが(笑)」

正直な人だw
「ダメだとわかっている、でも使いたい」という葛藤がそのまま書いてある。

コメントにはズバリこう言うものもありました。

「それって、Social climbing(見栄張り)ってやつでしょ」

Social climbingとは、自分の社会的地位を実際より高く見せようとする行動を指す、フィリピンでよく使われる言葉です。批判的な意見もちゃんとある。

でも同時に、こんな声もありました。

「もらいものなら全然OK。でも自分では買わないかな。それよりウカイウカイで探す方が好き。根気よく探せば、状態のいい本物が見つかるから」

ウカイウカイについては、私もライアンとよく宝探しに行きます。ただ最近は売り手も目が肥えてきて、ブランド品には以前より高い値段がつくようになってきた。本物かどうかの判断も難しくなっている。だからこそ、「新品のClass A」に流れる人がいるのもわかる気はします。


見栄と実利がケンカしていない人たち

こういった葛藤をまったく持たない人たちも、大勢います。

見た目が十分ならそれでいい。体裁も欲しいし、でもそのために本物の値段までは払いたくない。見栄と実利を同時に取る、その折衷感覚が自然に受け入れられている層がある。

ストリートスケーターだった夫もClass Aの利用者でした

夫のライアンに聞いてみたら、学生のころグリーンヒルズでClass Aのスニーカーをよく買っていたと言っていました。VansやDCなど、スケートブランドのものが多かったそうです。理由はシンプルで、スケボーをしていたので靴がすぐ擦り切れる。だったら安いほうがいい、という話でした。クオリティはオリジナルと比べると劣るけれど、値段の割にはまあいい程度だったそうです。

まあ、僕ほんとお金なかったしね。デッキやトラックにはClass Aっていうのはないから、そっちに予算回してたよ。

「本物が買えないから」ではなく、「この用途にはこれで十分」という判断。SNSでも同じような声がありました。

「バスケットシューズはアウトドアで使うからClass A一択。同じ値段で2足買えるし、ガンガン使っても罪悪感がない」

消耗品として割り切る感覚。これは貧しさとは少し違う話です。収入のある人でも、あえてフェイクを選ぶことがあります。そこには節約だけでなく、「その値段を払う価値はない」という判断や、「うまく買った」という満足感もある。

似たような価値観は、フィリピンの中国系住民「チノイ」の消費観にも感じます。→「フィリピン中国系住民チノイのお金の感覚」


本物が欲しい気持ちは、やっぱり根底にある

日本に行ったとき、ライアンがセカンドストリートに入って目を丸くしていました。

本物のブランド品が、古いのに新品のような状態で、信じられない値段で並んでいる。ブランドグッズが好きな妹に電話をかけていました。「すごいよ日本!」と。すると妹から即座に「後払いするから買ってきて」と返ってきました。もちろん断りましたが——当時はWiseのような海外で使えるカードもなく、現金もギリギリだったので。

でもこのとき、妹の反応を聞いてひとつ思ったことがありました。お金を借りてまで「買ってきて」と言うくらいなら、やっぱり状態のいい本物が欲しいんだな、と。

その妹、実業一族の息子と結婚。ビジネスも順調で財力がつき、本物をポンポン買うようになりました。ところが周囲がチノイだらけの環境になったことで、だんだん感化されて「あえてニセモノを持つ」ようになっていった。でもそれも最近は疲れてきたらしく、「なんだかな……」という心境になっているそうです(笑)

チノイの人たちは独特の消費感覚を持っていますが(→ チノイのお金の感覚についてはこちら)、妹の変化を見ていると、やっぱり予算があって品質がいいなら本物を持ちたいという気持ちは、根底にはあるのかなと思います。

実は私自身も、グリーンヒルズで一つ、お気に入りのバッグを手に入れています。

グリーンヒルズというと偽物のイメージが強いですが、実際には本物の中古品を扱う店も混在していて、ニセモノも本物もごった返しているエリアです。その中に、状態のいい本物だけを扱うショップもある。

そこで見つけたのが、フェラガモの中古バッグでした。見つけたのは私ではなく、ライアンです。本棚のようにキツキツに並んだ高級バッグたちの中から、ピンポイントで「これは絶対に買うべきだ」と言って持ってきた。たしか25,000ペソでした。

ブランドにはあまり興味のない私ですが、造りが頑丈で、ずっと愛用しています。買ってよかったと思っています。

チャンゲエリアのような賑わいはなく、お客さんも少なめで落ち着いた雰囲気。日本のセカンドストリートに近い感覚でした。

Class Aを買う感覚と、こういう中古本物を掘り出す感覚——動機としては「賢く手に入れたい」という部分で似ているかもしれません。ただ決定的に違うのは、本物かどうかという一点です。その差を気にするかどうかが、結局のところ人それぞれなのかもしれません。


それでも偽物は偽物——そして「堂々と売られている」現実

ひとつ整理しておきたいことがあります。

フィリピン人のあいだでも、ここに線引きをする人がいます。

「CounterfeitとKnockoffは違う。Divisoriaで200ペソで売っているAdidasはCounterfeit——ブランドのロゴをそのままコピーしていて、知的財産の侵害で違法。一方、デザインを参考にしながら別ブランドとして売っているものはKnockoff——こちらはデザインの所有者がいないのでグレーゾーンに近い」

この区別は重要です。「Class A」という言葉はこの両方をざっくり包んでいますが、法的には全然違う。

フィリピン政府による偽造品販売業者の摘発は続いている

グリーンヒルズはアメリカ通商代表部(USTR)の「悪名高い市場リスト」に毎年掲載されていて、2026年3月の最新版でもフィリピン唯一の物理的市場として名指しされています。管理側は違反業者に「3回警告制度」を導入し、過去1年で約300店舗を退去させたといいます。2027年までに偽造品販売業者をゼロにするという目標も掲げています。

でも追い出してもまた戻ってくる。需要が消えないからです。ShopeeについてもUSTRはフィリピンのプラットフォームでの偽造品の量に深刻な懸念を示していて、摘発と需要のいたちごっこはオンラインにも広がっています。

ここで書いているのは、それを正当化したいわけではなく、人がどんな言葉で欲望や見栄や実利を包み直すのかが見えるから面白い、という話です。


まとめ:ニセモノだけど、道具として勤めを果たせばいい——という感覚

フィリピンの “Class A” 文化は、一言では説明できません。

見栄を張りたいけれど恥ずかしい、という葛藤を抱えながら使う人がいる。消耗品だから安ければいい、という割り切りで買う人がいる。お金があるのにあえてニセモノを選ぶ人がいる。そして国が年間750億円相当を摘発しても、需要はなくならない。

それだけ複雑に絡み合っているのが、Class A文化の実態です。

「ニセモノだけど、道具としてきちんと勤めを果たせばいい」——そういう感覚で買っている人は、実はとても多い。それを責める気にはなれません。

ただ、ライアンを見ていると、少し違うことを考えます。

高校生のころグリーンヒルズでClass Aのスニーカーを買っていた彼は、いまや本物も偽物もじっくり見比べて判断する人になりました。模倣品の時計を見れば、秒針のズレで「やっぱり模倣品は模倣品だ」と言う。ベルサーチの革財布よりフィリピンのローカルブランドの方が丈夫だと知っている。

高いものを買えばいいのではなく、何がいいものかを自分で判断できる——そういう目が育った、ということだと思います。

審美眼を持つことは、自分の消費を守ることになるし、作り手を守ることにもなる。何より、買い物がずっと楽しくなる。個人的にはそう思っています。

でも、多くの人がそう考えているわけではない、というのも正直なところです。

最後にひとつだけ。ニセモノだとわかって買うことと、知らずに買ってしまうことの差は、やっぱり大きいと思います。前者は選択で、後者は被害です。

“Class A” という言葉が面白いのは、その選択を少しだけ軽くしてくれるからかもしれません。それは偽物をきれいに言い換えているだけなのに、同時に、人がお金で何を買っているのかをやけに正直に表してもいる。

そういう言葉が生まれて、定着して、大きな市場を作っている——それ自体が、フィリピンという国の消費文化の縮図なのかもしれません。

Kumiko Sato
✍ Author
Kumiko Sato

フィリピン在住の日本人ブロガー。文化・食・日常生活をテーマに、日本とフィリピンのあいだにある歴史や文化のつながりを紹介しています。
フィリピン人の夫とカビテ州アマデオで暮らしながら、海外生活のリアルを記録しています。

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