フィリピンの宗教と結婚|ハードコアな教祖様と家族になった話

フィリピンの宗教と結婚|ハードコアな教祖様と家族になった話
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フィリピンで結婚するとき、宗教は避けて通れません。


「私たちを救えるのは“イエス”だけ。宗教ではない!!!
お前らの中で誰が包茎か、俺がひん剥いてチェックしてやる」
振れ幅の大きい、街中でみたメッセージです。
「私たちを救えるのは“イエス”だけ。宗教ではない!!!
お前らの誰がチ⚪︎コに皮被ってるか、俺がひん剥いてチェックしてやる」

…振れ幅の大きい、街中でみたメッセージです。

日本では「特に信仰はない」が普通に通じますが、フィリピンで無神論者だと「ちょっとおかしい人」扱いされることがあります。国民の約80%がカトリック、約10%がプロテスタントやその他のキリスト教、イスラム系——宗教はここでは空気のようなものです。空気がないと、生きていけない。

例えば、無犯罪証明書(NBIクリアランス)をとる時にも必ず問われるのが宗教です。

そんな国で、私は「仏教徒」の日本人として結婚することになりました。

しかも夫ライアンの家族は、母方がカトリック、母親がプロテスタント。
そして父方の一族にはプロテスタント系の教祖をやっている叔母までいます。
そして肝心のライアンは…なんとヤバい部門である無宗教者!!

これは、なかなかの地雷原でした。


目次

カトリックvsプロテスタント、怒りに震えるおばあちゃんの電話

実際にフィリピン人との結婚生活は、日本人同士とは全く違う価値観が求められますが、私の場合も結構一筋縄には行かないものでした。
時は遡って2015年。
私たちの結婚が決まって、式をどこで挙げるか話し合っていたとき、ライアンが

ロラ・メリー(メリーおばあちゃん)が使っている教会で挙げようか。
雰囲気いいし。


…と無神論者らしく、気軽に言い出しました。

その一言が、静かな地雷を踏む音でした。

ライアンの母方の祖母はカトリック、お母さんはプロテスタント。ふだんは表立った対立はないんですが、「教会」という一言で、それぞれの信仰の核心に触れてしまったんです。

数日後、いつもは温厚なメリーおばあちゃんから、電話がありました。

怒りを抑えた、震える声でした。

…あの教会を使いたいなら、お前はカトリックに改宗し直す必要がある。久美子は外国人だから仕方がないけど、あんたは別だ!

ショックで口あんぐりの私をよそに、…ライアンは静かに電話を切りました。

翌日、今度はお母さんから電話が。

息子よ…仏教徒になったって本当…?

力のない、絶望の声でした。それに対して和かにはなす我がパートナー。

そうそう。
ぼくカトリックでもプロテスタントでもないの。
仏教も悪くないよ!

おばあちゃんへの返答として、ライアンが突然「仏教徒になった」と出まかせをいい、その情報がお母さんにも届いていたんです。おばあちゃん、おかあさん、そして私が絶句したのは言うまでもありません。

カトリックでもプロテスタントでもなく、仏教徒。
クリスチャンの土俵外ですから、何も言えません。

「宗教は信じません、って言うと、余計にみんな僕を“救済しなきゃ”ってなってなるからねー。これが一番なの。」

誰も傷つけず、誰の陣営にも属さず、全員を等しく困惑させるという、ナナメ上の見事な着地でした。

…まあ、私が洗脳した疑惑も濃く残ったがな!!!


教祖様・マアンおばさんとプチ拉致事件

ライアンの父方の叔母、ティタ・マアン(マアンおばさん)の話をしないわけにはいきません。

教祖様のマアンさんと。拉致から帰還した直後にとった記念写真です。
教祖様のマアンさんと教会の敷地内で。拉致から帰還直後にとった記念写真です。

バタンガス州ロザリオに、彼女が率いるキリスト教系のコミュニティ・Christ Faithがあります。自給自足に近い生活を送りながら、教育や労働をコミュニティ内で補い合う場所です。ティタ・マアンはそこの存在で、3〜4時間しか寝ないのに8時間ぶっ続けで講演をこなすという、規格外の体力の持ち主です。

ある日、寝ているうら若き乙女であったマアンの枕元に神様が降り立ち、「人々を救済するために生きよ」といったそう。それから彼女はその使命のために、このコミュニティをつくりあげたんですね。

教会での1日

一日はこんなふうに始まります。時間にルーズなフィリピーノタイムとは全く違う、規律のある生活です。
朝3時頃、体育館のような建物——コミュニティでの礼拝堂に当たる場所——でお祈りが始まります。
マアンさんの宗派では、「お願いします」とか「アーメン」といった具体的な言葉を口にしてはいけない決まりがあって、うー、とか、あああー、という呻き声で心から祈りなさいというんです。床に座った信者たちが思い思いに体を動かしながら祈る。たまに「アーメン」が聞こえることもありますが、それはご愛嬌。

お祈りが終わると、それぞれの仕事が始まります。コミュニティの手入れをする人、農作業に励む人、学校で外部の子どもたちと一緒に授業を受ける子、図書館で本を読む子。インターネットもテレビも一切ない。ご飯はみんなで一緒に食べて、暗くなったら寝て、朝日が昇る前に起きて動く。全てが自給自足で賄われています。

マアンは課外活動も精力的に行っています。刑務所などでも講演や布教活動こなしていて、ライアンもそれについていったことが。

👉ライアンもみた壮絶なフィリピンの刑務所の様子はこちら

そのエネルギーはアスリートどころか、もはや別の生き物で、「やっぱ神様ってすげぇな」と思わせるものなのです。

教祖の予言「久美子は地獄に落ちるだろう」

そのマアンが私と会う前、こう言っていたとライアンの家族から聞きました。

このままでは彼女は確実に地獄に落ちてしまう。
なんとか救ってあげなければ!!

誰が地獄行き決定かって?もちろん私のことです。クリスチャンじゃない私は業火に燃やされ続けてしまう。

もう恐怖でしかなかった。地獄よりも、マアンが怖い。
ティタ・マアンと会った日が私の最期になりそうな気がしました。

ところがある年、おばあちゃんの誕生日パーティーがそのコミュニティで開催されることに。逃げ場がなくなりました。

当日、ティタはにこやかに出迎えてくれました。なんだ、優しそうな人じゃん…
バースデーソングが終わり、ケーキとご飯を食べて、みんなでワイワイ話していたそのとき——突然、後ろから腕を掴まれました。

「ちょっとおいで」

マアンさんでした。

ライアンと目が合いました。助けてよ、というサインを全力で送ったんですが…。
彼は、秘密裏に連行される私を無視しました。

腕をガッチリ押さえられたまま、コミュニティ内を巡る私とマアン。どうやって神様に目覚めたか、この宗教がいかに素晴らしいか——マアンさんの話は続きます。

私が精一杯絞り出した言葉はこれでした。

「…す、すすすすごいですね!貧しい人たちをこうしてサポートしているのは本当に素晴らしい。他の宗教も同じように色々助け合っているけれど、本当に宗教家の方々には頭が上がりませんよ、アハハハハハハハハハ」

その後どうやって切り抜けたか、正直あまり覚えていません。

不思議なことに、それ以来マアンさんからの勧誘はぴたりと止まりました。マニラに遊びに来るときはとても優しくしてくれます。ただ、私が描いた仏教系の絵を見るたびに、静かに胸の前で十字を切っています。


ライアンと教祖の叔母

実はライアン、学生時代の夏休みに約3ヶ月、このコミュニティで生活したことがあります。

どうだったか聞いてみると、こんな答えが返ってきました。

共産主義の桃源郷:正直わるくない

「食べるものはいつも同じで、大概がルーティーン。内向的ではいられない——誰かが常にいるから。共産国ってこんな感じかなって思う。給与は少ないけどニーズはカバーされる。教育はほぼ無料で、そのかわり労働で補う。軍事を解さない、合理的な共産国の成功例って感じだよ。ミリタリーが共産主義を複雑にするんだと思う」

宗教コミュニティの感想として、「合理的な共産国の成功例」が出てくる人間は、そうそういません。

でも彼はそこでの生活を、悪くなかったと言っています。
極限までシンプルな暮らしの中に、それなりの幸せを見出していた。

どこにも属さず、カトリックでもプロテスタントでも仏教でもなく、でもどんな場所でも自分のペースで生きていける人。それがライアンです。


おわりに

結局、結婚式はどこで挙げたか。

「Aristocrat」というレストランのファンクションルームでした。諸々込みで9000ペソ!!激安です。

おばあちゃんが「カトリックに改宗しなければ使えない」と震える声で言っていた、あの教会の——真隣です。

フィリピンで由緒あるレストランの一つ。ここのファンクションルームで結婚式。なぜか黒い服を着たライアンママと親戚の人がw
フィリピンで由緒あるレストランの一つで、結婚証明書にサインする私。その背後になぜか黒い服を着たライアンママと親戚の人。

フィリピンの宗教事情は、とても複雑です。宗教といっても、単純にカトリックとプロテスタントだけではないですし、
良くも悪くも、フィリピン人の生活に根深くささっています。👉フィリピン人の価値観

政治にも利用されているし、宗教そのものが、私個人的にもだいぶ懐疑的になりました。
それでも救われている人もいれば、生きにくく感じている人もいる。

実際、ティタ・マアンが救った人々は数えきれないほどいます。
貧困に喘いでいる人たちに家と食事を与え、教育を施し、彼らから「ママ」と慕われる。
ただの慈善事業ではない、ほんとうに必要な助けをしてくれるのがティタの「Christ Faith」なんです。
私たちも子どもがいたら、彼女の運営する学校「Christ Faith Child Academy」に通わせるかもしれない。数多く存在するクリスチャン系の学校の中でも、綺麗な空気と広い運動場、規律正しい躾を学ばせるには、ここが一番だと信じてます。

こちらも読みたい👉フィリピン人のメンタルの強さの秘密

しかし、みんながみんな用意されたテンプレートが心地よいと思うわけじゃない。
ティタ・マアンのもとで育った人たちも、都会に出て戻らない人たちも多く存在します。

生きづらく感じてきたライアンが「仏教徒になった」と言い放ったのも、
彼が経験してきた複雑な背景があるからこそなんですね。
大丈夫。仏教は君を責めないと思うよ。

マアンおばさんの勧誘がぴたりと止まったのはただただ不思議で…あえて深掘りをせず今に至ります。
きっと、私が地獄に落ちないように祈ってくれてる…わけないかw

式場が問題になった教会の真隣のレストランにしたのも、私たちらしく、シガラミもなしで、安上がりですみました。

勝つな。負けるな。そもそも戦うな。他者からの宗教対策においても、それは有効でした。

この考え方にたどり着くまでに読んだ本の話は、こちらに書きました。

🌴 フィリピン文化をもっと知りたい人へ

Kumiko Sato
✍ Author
Kumiko Sato

フィリピン在住の日本人ブロガー。文化・食・日常生活をテーマに、日本とフィリピンのあいだにある歴史や文化のつながりを紹介しています。
フィリピン人の夫とカビテ州アマデオで暮らしながら、海外生活のリアルを記録しています。

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