フィリピンを出なかった夫が語る、世界に散らばったOFWたちのこと

日本大好きなフィリピン人が、日本で働くとなると話が変わる理由

フィリピン人って、日本のことが本当に好きですよね。

食べ物、アニメ、清潔さ、治安。「いつか日本に行きたい」「住んでみたい」という話を、私はこの13年でもう何度聞いたかわかりません。

だから、ライアンがぽろっと言ったこの一言が、少し引っかかったんです。

「日本や海外は、働いてるフィリピン人にとって、……やっぱり悲しい場所なんだよね」

フィリピンのOFWとはどういう意味?

OFW(Overseas Filipino Worker)とは、海外で働く出稼ぎフィリピン人のこと。より良い収入を求めて海外で働き、家族を支えるという選択はフィリピンでは広く見られます。彼らからの仕送りは家計だけでなく、国の経済にも大きな影響を与えています。

目次

働いて、帰って、寝るだけ

ライアンいわく、日本で暮らして働くフィリピン人の日常はこうなるそうです。

「一日中働いて、家に帰って寝て、また翌日仕事。それってどの国にいても同じじゃん。同僚も結局はすごく仲良くなれるわけでもないっていうし。週末はあるけど、週5日そういう現実が続くのって、全然楽しくないよ」

観光で訪れる日本と、毎日をそこで生きる日本は、別物になってしまう。それがライアンの言う「悲しさ」の正体でした。

でも、と彼はすぐに続けます。

「みんな『自分はラッキーなんだ、こういう機会を得られない人だってたくさんいるんだから』って、自分に言い聞かせてるんだよ。そうすると、少し楽になるから」

「正直に言って、lonelyなんだよね。本当に寂しくなる。でも、これは日本だけの話じゃない。ドバイでも、サウジでも——OFWってそういうもんだよ」

夫・ライアンと私の周りにいるOFWたち

ライアンは自分でもそう言っています。「ぼくそんなに友達づきあいしてないからアレだけど」と笑いながら。それでも話を聞くと、OFWになった人たちのことをちゃんと知っていました。

スケボー仲間だったプッシー(←彼のあだ名です)は、今はシーマン(船員)になって、一年の半分以上を海の上で過ごしています。陸に上がれる期間の方が短い生活。「悲しい場所」どころか、場所すら定まらない。

幼馴染のマックは、奥さんが学校の先生としてウズベキスタンへ渡っています。夫婦で別々の国に暮らしているわけです。

共通の友人にはアメリカで看護師をしている子もいます。「暮らしは豊かになったし、体は楽になった。でもいつかはフィリピンに戻って暮らしたい。老後は絶対フィリピンの故郷ってきめてるよ」と話していました。

稼いでいるのに、使う場所がない——という話もよく聞きます。プッシーがまさにそれで、フィリピンに一時帰国したときに愛車のホンダをグレードアップしたり、高い自転車を買って山を下ったり。お金はある、でも日常の中で使う機会がそもそもない。旅行ぐらい?
OFWが稼いだお金をフィリピンの家族に送るとき、最近はGCashやMayaが主流です。ワイズからGCash・Mayaへの具体的な送金方法はこちら

(OFWが稼いだお金の「その後」については、フィリピンの仕送り文化とGCashでも書いています。そして稼いだお金で建てた豪邸が空き家になっていく現象は、こちらの記事がくわしいです。)


OFWといっても、ピンキリ。でもみんな祖国に戻りたい。

もちろん、みんなが孤独で消耗しているわけじゃありません。

親戚で唯一のOFWはイギリスのお城でお仕事中

ライアンの親戚でOFWはほとんどいないらしい。「不思議なことに1人ぐらいしかいないんだよね」と言っていました。そのいとこが住み込みで働いているのは、なんとイギリス・エジンバラにあるお城。最愛のフィリピン人の奥さんも同じ職場で、いつも一緒に過ごしているそうです。

「いつもスーツ着込んでさ。執事って感じの雰囲気だね。なんか向こうで楽しくうまくやっているっぽい。滅多に帰ってこないね!」

とライアンが話してくれました。

私の友達はドバイでキラキラOFW中

私にも、ドバイに住んでいる親しい友人がいます。婚約者と一緒に暮らしていて、豪華なディナーや高層ビルでの生活、華やかなイベントの写真をソーシャルメディアに上げています。「楽しそうだね、しばらくそっちにいるの?」と聞いたら、こんな返事が来ました。

「やーだー!やっぱフィリピンがなんだかんだ一番で、数年後には戻るつもり。もう会いたい、寂しい」

キラキラした生活の裏に、ちゃんと「帰りたい」がある。でも今の生活もちゃんと楽しんでいる。彼女みたいなバランス型もいるんですよね。

パートナーと一緒にいられるかどうか、行き先がどこか、その人の性格——OFWの「あり方」は本当に人それぞれです。


西洋へ行くと変わる人、変わらない人

注:これは私たち夫婦が見てきた肌感です。もちろん私たちの友達や、全ての人には当てはまりません。

「OFWになって変わるかどうかは本当に人それぞれだと、でも傾向として、アメリカなどの西洋諸国へ行くと、居丈高になる人が増える気がするね。わざと英語だけで話してきたり、『アメリカではこうなのに、なんでフィリピンはこうなんだ』という比較話題が口癖になったり。」

「でも、OFWよりも移住してグリーンカードを取った人たち(バリックバヤン)が、その傾向は顕著だよ」

とライアンは言っていました。完全に「向こうの人」になった分、フィリピンとの距離感が変わるのかも。

たしかに、アメリカなどの西洋諸国で働いた人の中には、帰国後に少し態度が大きく見える人もいる、のは私も個人的に感じます。これは単なる性格の問題だけでなく、海外経験そのものがフィリピン社会の中で一種のステータスとして受け止められやすいことや、英語・西洋文化への憧れ、いわゆる colonial mentality (コロニアルメンタリティ)とも関係しているのかもしれません。

参考資料

「まあ、ぼくらの友達は全然そんなことない、いい人たちだけどね」

…同感。だからどんなに離れていても、友達でいられる。

なぜそれでも海外へ行くのか

孤独で、単調で、変に居丈高になるリスクもある。それでもなぜ、こんなに多くのフィリピン人がOFWとして出ていくのか。

「フィリピンで仕事が見つからないから?」と聞いたら、ライアンは首を振りました。

「違う。同じ仕事でも、海外の方が全然稼げるから」

例えばオンライン英語(ESL)の講師をフィリピンでやると、月収は2〜3万ペソほど。でも日本なら最低でも10万ペソにはなる。約5倍です。

「日本は生活費も高いけど、それでもフィリピンに持ち帰ることを考えたら、どっちが稼げるかは明らかでしょ」

同じ努力で5倍稼げるなら、孤独も単調さも、乗り越える理由になってしまう。それがOFWという選択の、シンプルな現実でした。

OFWの孤独をつなぐものはやっぱりスマホ

「じゃあ感情はどうやってコントロールしてるの?」と聞いたら、ライアンはすぐに答えました。

「今はインターネットがあるからね。ゲームもあるし、ネトフリもある。電話もし放題」

90年代のOFWは、家族と話すために高い国際電話を使うしかなかった。今はスマホで顔を見ながら毎日話せる。それが孤独をやわらげる一番の支えになっている、とライアンは言います。

クリスマスをフィリピンで過ごせないOFWにとって、その意味は特に大きいはず。(フィリピンのクリスマスが世界一長い理由もどうぞ。)

この記事を書いてる時に、身近なひとがOFWになった

去年末からピックルボールを初めた私たちには、プレイの仕方をおしえてくれていたコーチがいました。

その生徒さん1人(中華系フィリピーノと別れた女医)と私たち夫婦合わせて4人で仲良くなり、たまに遊んだりご飯を食べに行ったりする仲になったのですが、ある日の金曜に友人から「コーチがニュージーランドに行っちゃうんだって!来週の火曜の便で発っちゃう

家族がすでにニュージーランドにいて、農家になる就職口をみつけてくれたそう。
コーチには一人娘と、その母親となる女性と暮らしていて、彼らもいずれ移住させる予定なのだとか。

「この国は好きだけど、明るい将来が見えない。」

「政府は腐りきってるし、なによりも医療制度がなってない。簡単な治療を受けるにも、ありえない金額がかかってしまう。その点ニュージーランドは国が面倒を見てくれる。子どものためにやっぱりここでは限界があると思ったんだよ」

むりやりコーチに時間を作ってもらって、4人で朝ごはんとコーヒーを飲んでお別れ会をしました。
でもずいぶん急だったじゃない。

「こんなに早くビザが降りるって思ってなかったんだよ。それに子どもが通う学校の近くに引っ越さないといけなかったり。今日も語学テストを受けてきたところさ」

語学テスト(英語)は意外と難しい?

「リスニング、リーディング、はまあ僕らにしてみたら簡単だよ。コーチ業の他にコールセンター業やってるから、日常的にやることだしね。

それに、エッセイ(ライティング)も、フィリピン人なら学校でよくやらされてたし。朝飯前だよ。


でも問題はスピーキングなんだ!!
長めの状況説明が流れたあとに、意外とシンプルな質問がきたりしてね。
「どこが大事なんだろう?」と聞いているうちに、肝心な情報を聞き逃しちゃったんだ。

設問の聞き方が少しひっかけ問題っぽかったり。あれはタガログで聞かれても間違いしちゃうよ。

ぼくは農家になるから、6点以上はとりたいところなんだけど、どうかなーって感じだよ。」

「英語が公用語でもあるフィリピン人に、英語テストをさせるってほんとよくわかんないんだけどね。」とライアン。

ライアンと私がとった英語教授方の資格:TESOLについてはこちら

ニュージーランド移住に必要な英語力はどれくらい?

ニュージーランドの永住・居住ビザでは、英語力の証明が必要になることがあります(フィリピン人には事実上必須)。代表的な試験 IELTS(アイエルツ)は9.0点満点 です。

よく目安として出てくるのが IELTS 6.5以上
これは 「9点満点中6.5」 という意味です。

ざっくりレベル感はこんなイメージです。

  • IELTS 4.0:簡単な日常会話ができる
  • IELTS 5.0:生活や仕事でなんとか使える
  • IELTS 6.5:実用的にしっかり英語が使える
  • IELTS 7.0以上:かなり高い英語力

IELTSは Listening / Reading / Writing / Speaking の4技能 をそれぞれ採点し、その平均点(Overall Score)が移住審査で使われます。

ピックルボールのコーチとして地位を確立していただけに、急に全部投げ打ってOFWになるなんて本当に驚きました。娘さんとも1−2年は離れ離れになります。

「それでもあっちにはすごく大きなフィリピーノコミュニティーもあるしね。いい人たちばかりだって聞いた。だからまるでダメっていうことはないと思うんだ。」

「断っておいてよかった」ライアンもOFWになるところだった

話の最後に、ライアンがぽろっと言いました。

「そういえば僕も昔、シンガポールとか東南アジアで英語教師やらないかって誘われたことあったんだよね」

え、そうなの?

「でも断った。誘ってくれた人があんまりいい人っぽくなかったんだもん。なんか、いいオーラじゃなかったっつーか」

オーラ。

「もし行ってたらクミと出会えてなかったから、ほんと断っといてよかったよ!」

ライアンがOFWにならなかった理由は、経済的な計算でも、家族への義理でもなく、「なんかいいオーラじゃなかった」人からの誘いを断ったからでした。

日本に渡ったOFWたちの話をずっと聞いた後で、この終わり方はこの人らしいと思いました。私がフィリピンに来たのも、ライアンがここにいたからで、ライアンがここにいたのは、そのオーラの悪い人からの誘いを断ったから。直感で人生を生きる男!

私がフィリピンに来たのも、ライアンがここにいたからで、ライアンがここにいたのは、そのオーラの悪い人からの誘いを断ったから。私たちの出会いと国際結婚のいきさつはこちら

水準の高い医療が受けられるかどうかという点は、ほんとうにそうで、私にも「別の国に移住」というバナーが頭の中にもたげてきます。

正直、私たちもこの部分を犠牲にしてこの国に暮らしてる。
でも結局私は外国人で、ローカルよりも融通のきく立場で暮らせています。
いざとなったら、ライアンも日本や他の国へ連れて行ける。今は日本は外国人アレルギーになっているようですが。

でもローカルの人たちは、こうやって家族を守るために、家族を残して外国へ旅立つ。いつもどってくるかわからないけど長期戦でそのプランを達成しようとしてるんですよね。

それでも笑顔を絶やさないフィリピン人たちはやっぱりすごいと思うのでした。

私たちは、フィリピンで犬たちと一緒に生きる道を選びます。すべては生まれて死ぬまで生きるため。人生それぞれですね。

Kumiko Sato
✍ Author
Kumiko Sato

フィリピン在住の日本人ブロガー。文化・食・日常生活をテーマに、日本とフィリピンのあいだにある歴史や文化のつながりを紹介しています。
フィリピン人の夫とカビテ州アマデオで暮らしながら、海外生活のリアルを記録しています。

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