アマデオの道を車で走っていると、まるでゴーストタウンのような光景によく出くわします。
ピカピカの外壁に立派な門扉。2階建て、いや3階建て。敷地いっぱいに建てられた、どう見ても一般家庭のスケールではない家。でも、カーテンは閉まったまま。庭に人の気配はなく、門には鍵がかかっています。
となりに目を向けると、今度は骨組みだけの家。柱とコンクリートブロックが積まれたまま、工事が途中でぴたりと止まっています。いつから止まっているのか、草が生えてきています。
これ、アマデオだけの話ではありません。バタンガス、イロコス、パンパンガ……フィリピンの地方を走れば、どこでも似たような光景が広がっています。
住んでいない豪邸。止まったままの工事。そして、半分崩れかけているのに誰も直さない家。
いったいこれは何なのか。13年以上フィリピンで暮らしてきた私が、旦那のライアンとよく話すこの「フィリピン住宅あるある」について、今日は書いてみようと思います。
OFWにとって、家とは何か
フィリピン人にとって「家を建てる」ことは、単なる住居の確保ではありません。
海外に出稼ぎに行き、家族と離れて何年も働き続けるOFW(海外就労者)にとって、故郷に建てる豪邸は成功の証です。「自分はちゃんとやっている」という、家族への、そして地元コミュニティへの宣言でもあります。
フィリピンでは見栄を張る文化が強く、家の大きさはそのままステータスになります。「大きければ大きいほどいい」。それがこの国の暗黙のルールです。
ライアンとよく話すのは、「フィリピン人は見切り発車でマキシマイズしようとする」ということです。フィリピン時間という言葉があるように、「今この瞬間」を優先する文化的な傾向は、住宅においても如実に現れています。家を建てるなら、法律で定められた隣地との境界マージンはギリギリまで無視。駐車スペース?そんなものは後で考えればいい。とにかく今、目に見える形で「でかい家」を建てることが優先されます。
ペナルティが発生しても、払うのはOFWである本人。でも本人は海外にいるので、問題は先送りにされます。
工事は止まり、家は朽ちていく
もうひとつよく見る光景が、途中で止まった工事です。
Pag-IBIGのローンを借りて建て始めたはいいものの、お金が尽きると工事がストップ。また貯まったら再開……という繰り返しで、何年も骨組みのままの家があちこちにあります。
そして完成した家でも、メンテナンスは考えていない。建てたら終わり、という感覚です。私の知っている別のサブディビジョンでは、同じデベロッパーが建てた家が、もう半分崩れかけています。誰かが住んでいるわけでもなく、直す様子もない。
コンドミニアムも同じ発想で、部屋数をとにかく増やしたいから一部屋を20平米以下に割り当てることも珍しくありません。人が快適に住むことより、「たくさん部屋がある」という見た目が優先されます。
売りたくても売れない、買い手がいない豪邸
最近、アマデオを走っていると「FOR SALE」の看板をあちこちで見かけます。今はまさにバイヤーズマーケット。売り物件が溢れている状態です。
不動産調査会社のColliers Philippinesは現在のフィリピン不動産市場を明確に「バイヤーズマーケット」と表現しています。地方の戸建て市場でも同じ傾向があり、不動産各社はメトロマニラ以外の水平開発(house and lot)に注目していると明言しているほど、供給は膨らみ続けています。
でも不思議なことに、売れないんです。
私のビレッジにも、ホームセンターかと思うくらいの巨大な家があります。3人家族が住んでいて、「しばらく住んでから売るつもり」とのこと。近所の人たちはみんな同じことを言っています。「あんな家、誰が買うんだろう」と。実際、近くの大きな家が1,500万ペソで売り出されていますが、ずっと買い手がつかないままです。
なぜ売れないのか。答えは単純で、**フィリピン人が欲しいのは「中古の大きい家」ではなく、「自分の夢で描いたマイホーム」**だからです。あれこれ自分でカスタマイズした、自分だけの家。それが欲しいのです。だから中古物件より、たとえローンを組んででも新築を建てることを選びます。
結果として、売りたい人だけが増え続け、買い手がつかない豪邸がフィリピン各地に積み上がっていきます。
Pag-IBIGローンで、さらに加速する「家を建てる」熱
こうした状況に拍車をかけているのが、Pag-IBIG(国家住宅相互基金)の住宅ローンです。
近年、政府主導でPag-IBIGの住宅ローンはどんどん借りやすくなっています。金利の引き下げ、審査条件の緩和、OFWを含む初回購入者への優遇——こうした施策が重なり、住宅ローンの融資総額は右肩上がりです。2025年の融資総額は1,405億ペソに達し、前年比8%増という記録的な数字を叩き出しました。
「借りやすくなった」ということは、本来ならまだ家を建てるタイミングではなかった人たちも、ローンを組んで建て始めるということ。お金が尽きたら工事を止め、また貯まったら再開する——そんな家が地方のあちこちに存在するのも、こうした背景があります。
コロナ禍が火をつけた「地方に家を建てる」ブーム
アマデオのような田舎に家を建てるという動きが特に加速したのは、コロナ禍がきっかけでした。
ロックダウンでメトロマニラの密集した環境に閉じ込められた人たちが、「広い土地に家を建てたい」「空気のいい場所で暮らしたい」と地方に目を向け始めたのです。カビテ州やラグナ州といったメトロマニラ周辺のエリアに、新しいサブディビジョンが次々と開発されました。不動産各社も「メトロマニラ以外の水平開発(house and lot)に注目している」と明言しており、地方への需要シフトは業界全体のトレンドにもなっています。
でも現実問題、仕事はマニラにあります。
コロナが落ち着いてリモートワークが縮小されると、せっかく建てた地方の家に住み続けられない人が続出しました。結果として、週末だけ、あるいは年に数回だけ使われる家が量産されることになったのです。
OFWの場合はさらに極端で、海外にいる期間がほとんどのため、帰国するクリスマスの時期だけ家が使われ、残り11ヶ月は鍵がかかったまま。豪邸が、年に一度の「帰省用宿泊施設」になっています。
そんな地方の豪邸のひとつに、私は一度招かれたことがあります。
コンクリートに眠るお金——「Dead Capital」という問題
海外で稼いだお金を故郷の家につぎ込む。一見、美しい話のように聞こえます。でも経済的な視点から見ると、これは深刻な問題をはらんでいます。
「Dead Capital(死んだ資本)」という概念があります。資産として存在はしているのに、経済活動に使われず、富を生み出さないお金のことです。
私の近所に、まさにそれを体現するような家があります。
白いグランドピアノの上に、キラキラした大きなシャンデリア。家具はすべて金と白で統一された、絵に描いたような豪邸です。週末になるとマニラから40代の夫婦が泊まりがけで面倒を見に来て、メイドさんを雇って掃除をしていきます。
ある日、夕食に招かれて行きました。出てきたのは冷めた食べかけのピザ。それはいいのですが、その豪華すぎる内装とのギャップにしばし言葉を失いました。
食事をしていると、「義母とテレビ電話で話してほしい」と言われました。画面の向こうに現れたのは、この家の本当のオーナーであるご主人のお母さん——70代の女性。聞けば、アメリカでずっとベビーシッターをしているのだそうです。ちょうど仕事中だったらしく、白人の赤ちゃんをあやしながら話してくれました。
ライアンがタガログ語で話しかけても、がんとしてアメリカ英語で返してくる。
「ねえ、私の家はどう?どう思う?」
「とても豪華で、びっくりしました」と褒めると、満足そうでした。「あなたの家はどのくらいの大きさなの?」と聞いてきたのは、明らかに比べて優越感に浸りたいからだとわかりました。
「ところで、この家に来たことはあるんですか?」と聞くと、さらっとこう答えました。
「まだ一度もない」
彼女はその自慢の豪邸を、一度も訪れたことがなかったのです。
アメリカで赤ちゃんをあやしながら稼いだお金が、フィリピンの地方でシャンデリアになり、グランドピアノになり、誰も座らないソファになっている。これが、Dead Capitalの実像です。
フィリピンのOFWが送金するお金は、国家経済を支える柱のひとつです。2024年のOFW送金総額は約400億ドル(約6兆円)にのぼり、GDPの約8〜9%を占めています。その巨額のお金の一部が、誰も住まない豪邸というコンクリートの塊に変わっていく。
健全な経済なら、そのお金は地元のビジネスに投資され、雇用を生み、地域経済を回します。でもフィリピンでは、起業のハードルが高く、LGU(地方自治体)の手続きは煩雑で、電気代は東南アジアでも高水準。「ビジネスを始めるより、家を建てる方が安全」という判断になるのは、ある意味で合理的な選択でもあります。
構造的な問題が、Dead Capitalを生んでいる。
興味深いことに、「Dead Capital」という言葉はフィリピン政府の公式な政策文書には登場しません。政府の関心は「家が足りない」側——住宅不足の解消や低所得者向け住宅の供給——にあり、「建てても使われない豪邸」の問題は、まだ政策的な議題にすら上がっていないのが現状です。問題が可視化されていないということは、解決への動きも当然ない、ということでもあります。
個人の価値観や見栄だけの話ではなく、ビジネス環境が整っていないから、お金の行き場がコンクリートしかない——そういう側面もあるのです。
ここで興味深いのが、中華系フィリピン人(チノイ)との対比です。バリバリのチノイで豪邸を建てている人を、私はあまり見かけません。彼らは資本をビジネスに回す傾向が強く、お金の使い方の発想が根本的に違います。
では一般のフィリピン人はなぜそうしないのか。ひとつには、そもそもビジネスという選択肢が頭にないケースが多いのだと思います。お金の行き場は、最初から家しかない。「家を買う→週末や老後に使える→土地の値段は上がっている→いざとなれば売ればいい」という論理は一応筋が通っています。実際、不動産は悪い投資先ではありません。ただ、現実には売れない、使わない、メンテしない、という結末になりがちです。
もうひとつは、フィリピンでビジネスを起こすこと自体の難しさです。ライアンの母親は昔、縫製のファミリービジネスをやっていました。でも給料の前払いを常に頼まれ、物を盗まれ、突然失踪する従業員が出て、せっかくスキルを身につけさせても長続きしない。雇用を作ることがいかに難しいか、身をもって経験したそうです。LGUの手続きや電気代の高さだけでなく、こうした現場レベルの難しさも、「ビジネスより家」という選択を後押ししているのかもしれません。
そして一番リスクが高いのは、一族ぐるみで1人か2人のOFWの稼ぎに依存している構造です。私たちも家を買いましたが、余裕の範囲内での購入でした。でも多くの場合、一族総出でOFWの送金を当てにして、ギリギリのローンを組んでいる。そのOFWが病気になったら、仕事を失ったら——その瞬間、豪邸は夢の象徴から重荷に変わります。
建てたら終わり、という文化
「目の前のゴールに全力を注ぐ」のは、フィリピン人の行動力の裏返しでもあります。でも13年以上ここで暮らしてきた私が感じるのは、その推進力が住宅においては「建てた後のこと」にまで届きにくい、ということです。
家を建てるなら法律で定められた隣地のマージンはギリギリまで、駐車スペースは後回し、メンテナンスは考えない。ペナルティが出ても、払うのは海外にいるOFWで、問題は先送りにされます。コンドなら部屋数を増やすために一部屋を20平米以下に切り詰める。目の前の「でかさ」や「数」を最大化することが最優先です。
そして完成したら、終わり。
家のメンテナンスって、実際にやってみると相当大変です。小さな家でもコストと手間がかかる。それが大きくなれば、費用は青天井です。でも多くの場合、そこまで考えて家を建てていない。
しかも、フィリピンの地方はブロック造りの家がほとんどです。アマデオでも真夏はそれなりに暑い。それなのに見栄えを重視してガラス張りにしている家もある。中は相当暑いはずです。うちはSRC(鉄筋コンクリート)造りなので比較的住みやすいですが、ほとんどの家はそうじゃない。過ごしにくい大きな家が、あちこちに建っていくのです。
きっと、資産を買っているというより、夢を買っているんだと思います。「大きな家を持つ」というゴールそのものが目的で、その後のことはあまり意識にない。資産として管理・運用するという発想が、そもそも薄いのかもしれません。
似たような現象は、日本にも前例があります。バブル期に建てられたリゾートマンションが、現在は管理費も払えない廃墟同然になっているケースは今も各地に残っています。「夢を買う」という判断は、豊かさと見栄が交差するとき、国を問わず起きるのかもしれません。ただフィリピンでは、それがOFWという出稼ぎ構造と組み合わさることで、より広範囲に、より深刻な形で現れています。
無理のない資産分散を道:私たちの小さな資本
この記事を書きながら、ふと気づいたことがあります。私自身、マニラにコンドミニアムを2軒持っています。1軒は賃貸に出していますが、もう1軒はずっと空き家のまま。よく考えたら、これも立派なDead Capitalです。人のことを書きながら、自分も同じ構造の中にいた。近いうちにきれいにして、貸し出しに動こうと思っています。
地方を車で走るたびに、崩れかけた家や止まったままの工事現場を見て、胸が痛くなります。
自然が削られて、使われない家が建ち、やがて朽ちていく。私たちも家を建てた以上、その連鎖の一部であることは否定できません。だからこそ、小さな家に住めていることが本当にありがたいと思うし、自分たちで手をかけ、大事にメンテナンスしながら暮らしていきたいと思っています。
もちろんすべてのフィリピン人がそうではありません。「卵をひとつのカゴに盛るな」と資産分散の重要性を説く声もあります。でも現実には、「夢のマイホーム」という強烈なゴールが、他の選択肢を見えにくくしてしまっているのかもしれません。
夢を実現する力は、本当にすごいと思います。ただその夢が、誰も住まない家として静かに朽ちていくのを見るたびに、少し切ない気持ちになります。
地方を走るたびに思います。あの豪邸に、誰かが帰ってくる日はいつなんだろう、と。
この記事の英語版はこちら:Why OFW Mansions in the Philippine Provinces Are Slowly Falling Apart

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