友人のアリエルから、ある日「面白いもの見つけたよ」とプレゼントをもらいました。
それは塩。特別な塩です。

開けてみると、中に入っていたのは、ずっしりと重い塊状の塩。「Tultul」というらしい。

聞けば、ギマラス島の一部の職人だけが今も作り続けている、ものすごく珍しい塩なのだとか。しかも、海水だけじゃなくてココナツミルクを使って作るという。塩にココナツミルク?最初は正直、意味が分かりませんでした。
フィリピンでの塩、いろいろな買い方
フィリピンに住んで長いですが、塩ひとつとっても色々な出会い方があります。
普段家で使っているのは、パンガシナン産のシーソルト。癖がなくて使いやすいので、ずっとこれを買っています。
海沿いの町にドライブに行くと、道端に塩を並べて売っている人たちがいて、そこで買うのもちょっとした楽しみです。観光地のお土産屋さんとは違う、地元の人が普段使いしているであろう塩を手に入れる感じが好きです。
最近はオンラインでも、こういう地方の塩を買えるようになりました。便利な時代です。今回のTultulも、アリエルはオンラインで気軽に見つけて買ってくれました。ただし値段は普段使いのシーソルトとはわけが違います。300〜400ペソくらいするのです。普段使っているローカルのシーソルトなら、1キロ100ペソ以下で買えるものもあるので、その差にはちょっと驚きました。
Tultulって何?
Tultulは、ギマラス島ホスキン地区(Hoskyn, Jordan, Guimaras)に伝わる、職人がごくわずかしか残っていない伝統海塩です。

ボホール島には「アシン・ティブオック(Asin Tibuok)」という、これも似たような手作りの海塩があります。実はTultulはこの”いとこ”のような存在で、作り方はほぼ同じ。大きな違いは、Tultulにはココナツミルク(ガタ)が加えられていることです。
作り方をざっくり説明すると、こんな流れです。
ココナッツミルクの塩の作り方手順
- 海岸に流れ着いた流木や、ココナツの殻、草、竹など、手に入る材料を集めて燃やし、灰にする
- 竹で編んだ籠(カイン)にその灰を入れ、海水を何度も注いで濾過する→「トゥマ」と呼ばれる、塩分濃度の高いブラインができる
- そのトゥマにココナツミルクを加え、大きな鉄鍋(カワ)を薪火にかけながら、8〜10時間かけて煮詰める
- 液体が蒸発しきると、四角い板状の塩ができる。冷めたら「バレタ」と呼ばれる棒状に切り分ける
8〜10時間、ですよ。一回の作業でこれだけかかるうえ、灰作りや濾過の工程も含めると何日もかかるそうです。想像するだけで、気の遠くなるような手間です。
なぜココナツミルクを入れるのか——実は誰も知らない
ここが、私が一番面白いと思ったポイントです。
現在伝わっている話では、1890年代末頃、ホスキン地区に住んでいたSemion Ganilaという人物が、貧しい家族を養うためにこの製法を考え出したとされています。当時のギマラスは家も仕事も少ない土地だったそうです。ただし、現在5代目としてTultulを作り続けているJoemar Ganilaさんは、一族の伝統は1937年、先祖の代に始まったと語っていて、資料によって年代にズレがあります。誰が最初の一歩を踏み出したのか、はっきりした一本の記録があるわけではなさそうです。由来がはっきりしないまま親しまれてきたフィリピンの名物食材といえば、起源が意外とあやふやなウベ・ハラヤもそうでした。大事な存在なのに、成り立ちがきっちり記録されていない——というのは、フィリピンの食文化にはよくあることなのかもしれません。
海水はいくらでもある。海岸には流木が流れ着く。ココナツもある。火も起こせる。手元にあるものだけで、試行錯誤の末に生まれたのがTultulだったのではないか、と言われています。この「今あるものでなんとかする」という発想は、フィリピン人が辛い日常をたくましく乗り越えていく姿にも、どこか通じるものがある気がします。
ただ、肝心の「なぜそこにココナツミルクを加えようと思ったのか」については、実ははっきりした記録が残っていません。今作り続けている作り手たちにも、正確なところは分からないのだそうです。記録がない以上、ここから先は完全に私の想像です。それを踏まえて読んでください。
アリエルは「保存のためだったんじゃない?」と言っていました。でも、それを言った本人も「いや、でも塩ってそもそも保存性高いしな……」と頭を掻いていて、二人で「うーん」となってしまいました。確かに、塩そのものを長持ちさせるためにわざわざ別の材料を足す必要があるとは思えません。
「でもまあ「保存」は、塩そのものの保存性の話じゃなくて、『あの塊(ブロック)の形を保つため』という意味だったのかも」、とアリエル。それはうなづける推測です。
海水をただ煮詰めただけだと、普通はサラサラの結晶ができるはずです。でもTultulは硬いブロック状。ココナツミルクに含まれる脂肪分やタンパク質が、結晶同士をつなぎとめる「バインダー」のような役割を果たして、あの塊を作りやすくしたのではないか——つまり「保存」というのは、塩の日持ちの話ではなく、「形を保つ・崩れないようにする」という意味だったのかもしれません。
さらに言うと、脂肪分が塩の表面をコーティングすることで、湿気を吸いにくくなり、塊が型崩れしにくくなる、という効果も考えられます。フィリピンのような高湿度の環境では、これは地味に重要なポイントだったのではないでしょうか。
もう一つ気になっているのは、酸化の可能性です。8〜10時間もかけて鉄鍋で煮詰める間に、ココナツミルクの脂肪分や糖分が焦げたり酸化したりして、ココナッツミルクの風味が飛んでしまった可能性はないだろうか、とも思っています(実際に食べてみた感想は後述しますが、答え合わせだと思って読んでみてください)。だとすれば、ココナツミルクは「風味づけ」としては結果的にあまり機能していない、ということになります。それでも受け継がれてきたのは、風味よりも「塊として成形できる」という実用面の方が、当時の人たちにとって大事だったからかもしれません。
あるいは、単純に「どうせ塩を作るなら、ご飯がもっとおいしく食べられるものにしたい」という、素朴な工夫だったのかもしれません。フィリピン料理には、Ginataang gulayやBicol Expressのように、「これもガタで煮たらおいしいのでは」という発想の料理がたくさんあります。Tultulも、その延長線上にあったのかな、と想像しています。
理由がはっきり分からないまま100年以上も受け継がれている、というのが、なんともフィリピン人らしいお気楽さだと思ってしまいました。
Tultulは「塩」というより「おかず」だった
もうひとつ意外だったのが、Tultulの昔ながらの食べ方です。
おかずがない時、熱いご飯に油(またはラード)をかけ、そこにTultulの塊を少しずつ押し当てて味をつけて食べる——という食べ方が、実際に資料として伝えられています。「塩」というより、ご飯のお供、つまり「おかず」に近い存在だったわけです。
塩気の強さについては、実際に舐めてみた感想を後で詳しく書きますが、それでも歴史はそう伝えている。高級な調味料として生まれたのではなく、その日の食事をどうにかするための知恵だった、というのを知ると、また少し見え方が変わってきます。空腹には、塩辛さも気にならなかったのかもしれません。
実際に食べてみた
さて、肝心の味です。正直に書きます。
正直、よくあるシーソルトのように、ココナツミルクならではの旨味やまろやかさがあるのかと期待していました。むしろ最初に来たのは、灰っぽい風味。塩気自体は、普段使っている岩塩よりもかなり強く感じます。そのまま舐めると角の立った、シャープな味で、まろやかさとは真逆でした。
ちなみに販売店の商品説明には『ココナツミルクが塩味を和らげ、まろやかにする』と書かれていたんですが、少なくとも私とアリエルが感じた限りでは、そのまろやかさは感じられませんでした。
料理に使うとシャープネスは消えたが、それは分量によるものだとも思う。まろやかさでいうと普通のシーソルトの方があるような気がします。
口コミを見ていたら、「これは仕上げ用の塩だと思う。料理が終わって、出す直前に加えるようなものだよ」と書いている人がいて、たしかに、と思いました。塩気が強いので、少量で十分なのですよね。
使い方は、おろし金で少しずつ削るのが定番だと聞いていたのですが、レビューを見ると「硬くてなかなか削れない」という声が結構ありました。でも私が届いたものは意外ともろくて、スプーンでこすっただけで簡単に削れてしまいました。個体差なのか、保存状態によるものなのか、そのあたりはよく分かりません。

塩そのものを舐めて味見すると、正直、少し拍子抜けするかもしれません。それでも私にとって初めての体験で、とても面白かったです。
「消えゆく伝統」の先にあるもの
こういう手間のかかる伝統食品は、ヨウ素添加を義務付ける法律や後継者不足によって、消えかけていると紹介されることが多いです。実際、Slow Food Foundationの「Ark of Taste(味の箱舟)」という、消えゆく伝統食品をリストアップするプロジェクトにも、Tultulの仲間であるアシン・ティブオックが登録されていますし、バラココーヒーやカリンガコーヒーなどを含めた、数十品目がこのリストに名を連ねています。
ローカルコーヒーも絶滅機種?こちらも読みたい:
でも、Tultulの生産者自身の発信を見ると、印象がだいぶ変わります。本家のFacebookページには、「dying」「vanishing」「extinction」といった言葉はもう使いたくない、というメッセージが投稿されていました。今のTultul 塩生産は復活・保護され、多くの人にこの塩作りという仕事が生まれ、コミュニティも成長し続けている。ギマラスに誇りをもたらし続けている一族の遺産なのだ、と。実際、5代目の作り手の方のインタビューによれば、かつては彼を含めてわずか2人だった作り手が、今ではコミュニティ全体で約25人にまで増えているそうです。
この一族にも、決して順風満帆だったわけではない時期がありました。ある油流出事故(おそらく2006年のギマラス沖重油流出事故)の後、売上が大きく落ち込み、生業そのものが危うくなった時期があったそうです。それでも一族は作り続けました。復活の裏には、Alejo Vincent “Vinsoy” Abawanという人物の存在もあります。彼がシェフたちと組んで需要を掘り起こし、Tultulをレストランに売り込んだことで、産業が息を吹き返したのだとか。「消えかけていた」時期から「復活」に転じるまでには、こうした一人の情熱も関わっていたようです。
「消えゆく伝統」ではなく「これはサクセスストーリーだ」——そう言い切る当事者の言葉には、ちょっとハッとさせられました。ただ同時に、少し立ち止まって考えたこともあります。Tultulは生産者も産地もはっきりしていて、Facebookで顔を出して発信までしている、一見「ちゃんとした」商品です。でも、先進国で売られているからといって、また、ラベルがきちんと貼られているからといって、それが「綺麗で安全」だという証拠になるかというと、実はよく分かりません。これはフィリピンに住んでいるからこそ見えてくるものなのですが、ラベルが証明できるのは、せいぜい「誰が」「どこで」作ったかというトレーサビリティだけで、安全性そのものは実際に自分で検査してみないと分からないからです。ヒマラヤ産ピンク岩塩のような、ブランドとして確立された高級塩でも、独立機関の検査で鉛が検出された例があるくらいです。
フィリピンでは近年、プラスチック廃棄物の問題がより大きく取り沙汰されるようになってきました。だから、「産地も生産者も分からない塩」に不安を感じる人が増えるのも自然なことだと思います。ここから先は統計的な裏付けがあるわけではなく、あくまで私個人の印象ですが、Tultulのような一族経営の塩だけが「生産者が見える」わけではありません。海沿いの町で、自分で海水を汲んで塩を作り、家の近くの道端で売っている人たちだって、私からすれば十分「生産者の顔が見える」存在です。むしろ気になるのは逆のことです。ちゃんとしたパッケージ・ラベル・認証といった”基準”が整備されていくほど、その基準に乗れない小規模な作り手たちが、市場からどんどん弾かれていってしまうのではないか、ということ。基準は安心をもたらす一方で、基準の外側にいる人たちを見えなくしてしまう側面もある気がしています。
まあ、Tultulに関して言えば、少なくとも作り手の顔は見えています。それだけでも、今回は十分だと思うことにしました。
おわりに
味の好みで言えば、万人受けするものではないかもしれません。それでも、100年以上前にひとつの家族が生き延びるために編み出した知恵が、今も一部の職人の手によって受け継がれ、しかも今は「消えゆく伝統」ではなく、雇用を生み、コミュニティを育てる産業として育ちつつある。そのことを知ってから食べると、塊のかけらひとつが、なんだか少し違って見えてきます。
「なぜココナツミルクを入れたのか」——その答えは、たぶんもう誰にも分かりません。でも、分からないまま今日まで続いてきたというのも、フィリピンらしいと言えばフィリピンらしいなと、しみじみ思うのでした。

TULTUL SALT(トゥルトゥルソルト)
ココナッツミルクをじっくり煮詰めて作られる、ギマラス島の伝統的な塩。
ココナッツミルク使用 | 手作り・少量生産 | ギマラス島の伝統製法
ちなみに、Shopeeでは280〜300ペソほどでしたが、本家のフェイスブックによると、180ペソ(送料別)で購入できるようでした。せっかくの一族の産業なので、今度は本家から直接買ってみようかなと考えています。味がひょっとしたら違うのかもしれないし。
アリエル、面白いものをありがとう。
参考
- Tultul Artisanal Sea Salt – Ark of Taste, Slow Food Foundation
- How One Guimaras Family Is Keeping Asin Tultul Alive – Delish Philippines
- Tultul Asin: World’s only salt made of coconut milk – Daily Tribune
- More than sweet mangoes: Guimaras’ tultul salt preserves a rare tradition – Panay News
- ‘Tultul’: Traditional salt-making lives on in Guimaras – Inquirer
- Guimaras Artisanal Salt And The Work Of Fire – LASA
- Asin Tultul (Jordan, Guimaras) – Ritual
- Do You Know The Guimaras Ingredient Tultul? – Bitesized.ph
- Asín tibuok – Wikipedia
- フィリピン・セブで美味しい塩さがし【第一弾・未解決】:セブキッチン日記

フィリピン(海外生活・情報)ランキング
にほんブログ村
