アンバーを家に連れて帰った1週間後、また犬が増えました。フィリピンの雑種犬、アスピンのイスラの話です。
アンバーを引き取った1週間後
とは、彼女が子犬だった頃から顔見知りでした。
いつも通る路上の両端に、たくさんの家族が住んでいました。路上生活者たちが歩道に広がって煮炊きをしている様子はフィリピンでは珍しくない光景です。その人たちが飼っていたのが、イスラでした。
私たちが前を通るたびに、こちらを見るたびにギャンギャンと吠えてきました。ある時は、路上にある水道メーターを覆う小さな鉄格子の中に、ぎゅうぎゅうに押し込められていたこともありました。30cm x 20cm x 20cmぐらいのワイヤーで囲われた中に、身動きできずじっとしてる様子を、私は直視できませんでした。
誰かが「所有している」犬なら、他人が偉そうに「この飼い方はおかしい」とは言えない。
でもなんのためにこんな事するんだろう?
台風の夜
イスラが大きくなってから数ヶ月後、台風が通過した夜のことです。
台風が通過した夜、ライアンと2人で外を歩いていると、どこからか激しい鳴き声が聞こえてきました。あたりは私たちしかいないし、離れようとすると吠える声に必死さが増します。明らかに私たちに向かって訴えている。
辺りを見渡しても姿が見えない。おかしいな、と思って声のする方へ近づいていくと、近くに汚い川があって、そこにかかる橋のようなところに目が止まりました。
ワイヤーフェンスと、木の枝が蔓のように広がったその隙間に、がたいの良い白い犬が横向きに挟まっていました。

犬を救助する時、こうして証拠となる写真やビデオを撮っておくことをお勧めします。
イスラでした。

フィリピン全体の公共下水道への接続率は10%未満、マニラでも約30%程度と、きちんとした設備がととのっていません。
本当にギュッと、サンドイッチのように挟まれていて、顔も動かせないまま鳴き続けていました。
ちょっと困りましたが、とりあえずイスラを引っ張り出すことに。
いくら顔見知りでも、こんな状態でパニックになってる他人の犬を触ることははっきり言って危険でもありました。
でもイスラはじっとしていてくれた。助けてもらっていることを理解しているようでした。
翌日、火災の跡地で
翌日、また同じ場所を通ると、イスラは繋がれていました。
その数日前、彼らが住み着いていた街角で大きな火災があったんです。建物は取り壊され、残骸が散らばる中にイスラは繋がれていました。紐が短くて、寝ることも日陰に移動することもできない。首には鎖の跡が、広く残っていました。

こりゃないよ、と。さすがに言わずにはいられなかった。
するとオーナーはおとなしくイスラを渡してくれました。交渉というほどのことも、なかった。
その後、その家族がうちの前にやってきたことがありました。ニヤニヤしながら手を差し出して。
「もう1匹どう?今度はお金払ってよ。安くしておくから」
…皆さんだったらどう感じますか?「信じられない、鬼畜!なんちゅー奴らじゃ!」ってなりますか。
私は、憤りとかそういうのより、強烈な違和感というか、気づきが、どでかいフォントで浮き上がってきました。
この価値観の違い、別惑星レベルじゃない?
悪意が全くないのはどうして??

私たちの物差しと彼らの物差し
別の街に引っ越すまで、その家族とはよく顔を合わせました。
彼らはイスラのことを「ブラックアイ」と呼んでいました。声をかけられると、イスラはちゃんと反応して、挨拶しに近寄っていくんです。でもしばらくすると、「もう新しい家族いるし、じゃあね」とでも言うように、そそくさとこちらに戻ってくる。
その姿を見ながら、強烈に感じたことがありました。
路上で暮らす人たちが犬を飼っている光景を見て、私たちはつい「かわいそう」と思います。でも、それは私たちの価値観です。路上で生きる人たちにとって、あれが最大限の世話だったんです。
台風の夜、チキンフェンスと木の枝の間にイスラを押し込んだのも、今となっては台風から守ろうとしたから。
水道メーターのケージに押し込んだのも、放し飼いにしていたら、保健所が来て連れ去ってしまうから。
彼らには連れて行かれた犬を引き取るお金も、考えもありません。
これらはすべて、彼らなりに考えたイスラの安全策だったんです。
なんでそういう方法になっちゃうんだろうね?とライアンに聞くと、
「あの人たちがどんなふうに暮らしてるか注意深くみてたらわかることだと思うよ。
物差しが僕らとは違いすぎるだけなんだ。」
そしてつづけて
「普通に犬は苦しんでたと思うけど」
イスラだけじゃない。近くの食堂の隣に繋がれていた痩せた犬のことも、忘れられません。食堂のご主人に聞くと、飼い主はペディキャブの運転手だという。仕事に出るとき、残飯をもらえるようにとその場所に犬を置いていくのだと。
犬は、飼い主が仕事にいった方角をずっと見ていました。
彼らには、きちんとした家がありません。飼い主も停めたペディキャブの中で寝泊まりしているんです。犬はその外に繋がれて。それでも戻ってくると、犬はものすごく尻尾を振る。
犬は幸せだと感じているのか、それともそれ以外の幸せを知らないだけなのか。
しかし、それが犬と飼い主の世界。どうやって私がジャッジできるんでしょう?
私たちの物差しだけでは、物事は図れない。
イスラを引き取ったあの日から、そのことを何度も考えています。
イスラが抱えた問題:攻撃行動
イスラは、基本とても優しい犬です。
指示はよく聞くし、ペットホテルでも、他の犬とも仲良く遊べる社交的な子です。
でも、大きな問題が…。自分より下だと思うパックメンバーに対して、激しい攻撃行動が出るんです。
家族である餅と、アンバーを狙うんです。
目を充血させ、頸動脈を狙う、目を狙う、舌を噛み切ろうとする。血だらけになっている先住犬を見るたびに、どうしたらいいかわからなくなりました。
トレーニング、専門家に相談も相談したし、完全な外飼いにも挑戦した。色々試しましたが、どれもダメ。
新しい飼い主を探そうと、本気で動きました。施設にも連絡をした。
でも、他の犬に殺傷行為をする犬を引き取ろうとする人は、当然ながらいません。
安楽死させることも、考えました。
でも、イスラは攻撃した後、ブルブルと震えるんです。自分でも困惑している、とでも言うように。
その後、今のアマデオに移り住み、イスラは自主的に2階にいって、他の犬たちと距離を取るようになりました。
出かける時は完全に隔離をする。アンバーと餅と同じ空間にいないようにする。
ご飯を食べるとき、散歩に行く時は下の階におりますが、それが終わるとすぐ上の階へ。
イスラは今も2階で過ごす時間が長い。それが今の私たちにできる、精一杯の答えです。
フィリピンで犬と生きるということ:安楽死について
イスラと暮らすようになってから、安楽死ゼロという考え方について、深く考えるようになりました。
きっかけは、いくつもの出来事がありました。
パグルのプーチンを外で散歩させていたとき、野犬の群れが押し寄せてきたことがあります。5匹に囲まれて、お尻を噛まれて、おびだたしい流血がありました。フレンチブルドッグのジンピンも、2匹の野犬に襲われました。そのときはライアンが見事なフライングキックを決めて追い払いましたが、笑える話じゃない。うちのゲートに野犬が突進してきたこともあります。近所に住む友人の犬は、同じ野犬の群れに噛み殺されてしまいました。路上で同じく襲われて死んでいた野良猫を見つけて、土に埋めたこともあります。
これが、私が住んでいる場所の現実です。
フィリピンでは野犬が人を殺すこともある。狂犬病で人が死ぬこともある。そういう環境の中で「安楽死ゼロ」を叫べるほど、行政の動物管理施設は機能していないし、充実もしていません。野犬のほとんどは狂犬病やジステンパーのワクチンを打っていない。驚くことに、飼い犬でもワクチンを打っていない家が少なくないんです。
もし自分の家族が襲われたら。もし飼い犬や飼い猫が噛まれたら。
日本と同じ感覚で「かわいそうだから」という理由だけで判断することの危うさを、この場所で暮らしながら何度も感じてきました。保護することも、野犬への対策を考えることも、この国の現実に根ざした判断が必要です。
犬を助けるべきか、助けないべきか。正直なところ、私にはまだわかりません。自分が助けた犬の安楽死を考えたのも、一度や二度じゃない。それでも答えは出ないままです。
黒のアイパッチをつけた大きな犬が、今日も2階で寝ています。
イスラは、私が一番好きな犬です。
名前はイスラ。タガログ語で、島、という意味です。

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