- フィリピンの教会の天井・壁が「彫刻ではなく絵」な理由(4つ)
- ヨーロッパのカトリック教会との違い
- 「だまし絵(トロンプ・ルイユ)」という技法について
- フィリピン教会の床に使われるマチュカタイルとの関係
フィリピンの教会、装飾がほぼ全部「絵」なのはなぜ?
ニノンとして、式に参加した日のこと
友人の結婚式に招かれました。しかも今回は、ニノン・ニナン(Ninong / Ninang)として。

フィリピンの結婚式には、新郎新婦を近くでサポートする「名付け親」のような特別な立場があります。単に席に座って祝福するのではなく、式の一部として関わる役割です。いつもより格段に近い場所で、フィリピンの結婚式文化の中へ、ぐっと入り込むことになりました。
教会に入って、最初にしたことは——上を見ることでした。
天使の絵、聖人の姿、金色の渦巻き模様、花の装飾。見上げた瞬間、思わず声が出ました。「すごい……!」
でも、しばらく見ていてふと気づきます。

——これ、彫刻じゃない。
よく目を凝らすと、すべてが描かれているんです。影まで丁寧に書き込まれていて、遠くから見ると完全に立体に見える。でも絵。全部、手描きの絵。
その瞬間から、頭の中でひとつの疑問がぐるぐるし始めました。
フィリピンの教会の内装はなぜ「彫刻っぽい絵」が多いのか?
ヨーロッパの教会——特にバロック建築が有名なイタリアやスペイン——には、柱にも天井にもびっしりと石の彫刻があります。でもフィリピンの教会は、同じように「豪華に見える」のに、立体装飾ではなく絵で作られていることが多いんです。
同じカトリック文化圏なのに、なぜこんなに違うのか。
答えはひとつじゃありませんでした。

理由① フィリピンの信仰表現は「見てわかる」を大切にする
まず根本的なところから。
フィリピンの信仰表現は、静かで抽象的というより
感情で伝える・ストーリーで伝える傾向が強い。
フィリピンのカトリック文化は、感情とストーリーで信仰を伝えることを大切にしています。静かで内省的な礼拝空間というより、入った瞬間に「キリストの痛み」「マリアの慈愛」「奇跡」「救い」がビジュアルとして直接伝わってくる空間なんです。
- キリストの痛み
- マリアの慈愛
- 奇跡
- 救い
彫刻の繊細さより、絵の「情報量」や「ドラマ性」のほうが、この信仰表現の文化に合っています。だから天井も壁も、ぎっしりと物語で埋め尽くされるんですね。
理由② 湿気・台風の国では「塗り直せる絵」が強い
これが個人的に一番「なるほど!」と思ったポイントです。
フィリピンは、建物にとって過酷な環境が続く国です。
高い湿度、カビ、台風、浸水——。
石や漆喰の立体装飾は、傷んでも修復が大変です。木彫りなら虫害もあります。一度崩れた彫刻を元通りにするには、職人と多額の費用が必要になります。
でも絵なら、
🎨 上から塗り直せる
🎨 部分修復できる
🎨 予算に合わせて更新できる
というメリットがあります。
長い目で見たとき、「描く」という選択は美的な理由だけでなく、維持管理の合理性でもあったんです。フィリピンの気候が、教会の装飾スタイルを決めた一因でもあるんですね。
理由③:フィリピンはそもそも“手描き大国”
ジプニーの車体、トライシクルのペイント、お店の看板、映画のタイトル文字。
フィリピンでは、日常のあらゆるところに手描きの絵があります。デジタルが普及した今でも、「描ける人が描く」文化が根強く残っています。
だから教会でも、自然な流れで「じゃあ描こう」となります。地域の画家や看板職人、美大生が教会の装飾を手がけることも珍しくありません。フィリピンの教会の天井や内装が、そのままコミュニティのアートになっているんです。
理由④:「彫刻に見える絵」は技法として存在する(だまし絵)
そしてもうひとつ大事なこと。こういう絵は、「彫刻の代わりにとりあえず描いた」ものではありません。
トロンプ・ルイユ(trompe-l’œil)——フランス語で「目をだます」という意味を持つだまし絵の技法です。影を丁寧に描き込んで彫刻に見せる、平らな壁に柱を立体的に描く、天井が奥へ抜けているように描く。ルネサンス期からヨーロッパの教会でも使われてきた由緒ある手法で、「絵で豪華さを作る」こと自体は本場の教会でも行われてきました。
フィリピンの教会内装の手描き装飾は、その技術の系譜にあります。少しだけ手作り感があるのも、私はチャーミングだと思っています。
まとめ:彫刻がない=節約の意図もあるけれど、決して「貧しい」ではない
ここまで見てくると、フィリピンの教会に立体彫刻が少ないのは「予算がないから仕方なく」ではないことがわかります。
信仰を感情とストーリーで伝える文化、厳しい気候への合理的な適応、手描きが根付いた生活文化、そして絵で立体を作るトロンプ・ルイユの技術。 それが重なった結果として、今のフィリピン教会の内装スタイルがあります。
「彫刻の代わりに絵でごまかす」ではなく、「絵で立体を作る、別ルートの豪華さを目指した」——私はそう理解しています。
寄付で成り立つのに、床がマチュカタイルなのはなぜ?
フィリピンの教会を見ていて「え?」となったのがこれ。

同じ教会を歩きながら、次に気になったのがこれでした。床に敷かれた、幾何学模様の美しいセメントタイル。これはマチュカタイルという、スペイン統治時代にフィリピンへ伝わった床材です。
手描きの天井と、丁寧に並んだ床タイルの組み合わせが、フィリピンの教会インテリアの独特の雰囲気を作っています。
19世紀後半〜アメリカ統治初期(1900年代初頭)にフィリピンに根付いた、セメントのタイル。
型に色のついたセメント液を流し込み、プレスをして固めて作ります。
模様が表面だけでなく層として入っているので、長年使ってすり減っても柄が残ります。
マチュカタイルの装飾思想は中東・イスラム圏に起源を持ち、
その影響を受けたスペインで19世紀にセメントタイルの技法として発展し、
スペイン統治期にフィリピンへ伝えられました。ものがスペインにわたり、フィリピンに伝えられた技法です。
フィリピンではMachuca(マチュカ)という姓の工房・流通業者が広く扱ったため、総称として定着したと言われています。現在の経営者も、マチュカ一家が支えています。
マチュカタイルについては、また別の記事でじっくり書きます。
理由① 床は「いちばん消耗する場所」だから、良い素材が選ばれる
壁や天井の装飾は「見せ方」でなんとかなっても、床は毎日踏まれるのでとにかく消耗します。ひび割れ、剥がれ、欠け、汚れ——床が傷むと、教会全体の雰囲気が一気に落ちてしまいます。
だから教会では、装飾よりも先に床=建築の基盤にお金がかけられやすいんです。
しかもマチュカタイルは、踏まれてすり減っても色味が消えません。セメントに色が層として入っているので、表面が削れても柄が残る。初期費用はかかっても、長い目で見ると交換頻度がぐっと少なくなる。寄付で運営される教会にとって、実はとても合理的な選択なんです。
理由② マチュカタイルは“高級輸入品”というより「伝統+耐久」
マチュカタイルは今でこそ少し特別な存在ですが、もともとはフィリピンの教会や邸宅で普通に使われてきた床材です。
「高くて手が届かない」というより、「教会の床といえばこれ」という文化的な定番に近い。耐久性も高く、デザインも含めて長く使えるので、寄付運営でも無理なく選ばれてきた素材です。
理由③ 床は「寄付が集まりやすい」場所(名前を残しやすい)
フィリピンの寄付文化は、ただのお布施とは少し違います。家族の名前や企業名を刻んだり、亡くなった人への祈りを込めたり——「祈り+名誉」がセットになっていることが多いんです。
床の修繕やタイル貼りは目に見えて残るので、スポンサー(寄付者)がつきやすい。「この区画の床はあの家族が寄付した」という形で、信者がコミットしやすい場所でもあります。
理由④ “教会らしさ”は床の柄で決まる
そしてこれが個人的に一番おもしろいと思った視点。
フィリピンでは、教会の床模様がその教会の格式を表す重要な要素になっています。だから壁や柱が手描きの絵であっても、床はきっちりマチュカで整える。
「天井は絵、床はタイル」という組み合わせは矛盾ではなく、それぞれの場所に合った”豪華さの表現”をしているということなんですね。
最近、私たちも家を建てました。その時に建設会社のカタログからタイルを選んだのですが、完成した家のタイルを撫でながら夫がこう言ったんです。
「今の量産タイル、すごく質が上がったね」
リビングには石が入り込んだテラゾー調タイル、お風呂場には薄くテクスチャのある黒いタイル。特にお風呂場のタイルを見て、「印刷されたものだと思うんだけど……ぼくが子どもだった時、こういうタイルは爪で簡単に印刷が剥がれたり、ビスケットみたいに脆かったよ」と懐かしそうに話していました。
予算のあるお家では、昔からタイルより石やマチュカタイルを選ぶことが多かったそうです。耐久性への信頼が、マチュカタイルを選ぶ理由のひとつだったんですね。
マチュカタイルは教会だけの話ではありません。格式の高いホテルのロビー、歴史ある邸宅、雰囲気のあるレストランやカフェ——フィリピンの「ちょっと特別な空間」によく登場します。
最近では、レトロでおしゃれな雰囲気を出したいカフェや新築の家でもあえてマチュカタイルを選ぶケースが増えていて、古いものへの再評価も進んでいます。
まとめ:教会全体にフィリピンの文化が詰まっていた
友人の結婚式で何気なく見回してみた教会。
調べてみると、そこにはスペイン統治時代から続く素材の歴史、フィリピン独自の寄付文化、そして実用と美しさを両立させた合理的な選択がありました。
天井の手描き絵と、足元のマチュカタイル。どちらも「フィリピンらしい豪華さの表現」として、ちゃんとつながっているんです。
式の間、祭壇に向かいながらも、ちらちらと床を見てしまっていた私でした。
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