ライアンの31歳の誕生日、マカティのブエンディアでバスを待っていたあの日、私たちの家族が一匹増えることになるとは思っていませんでした。フィリピンの雑種犬、アスピンのアンバーの話です。
バスを待っていた日
あれは8年前の話です。
ライアンの31歳の誕生日に、サーティーワンアイス(バスキンロビンス)を食べに行こうという計画を立てていました。
近くのモールに向かうため、マカティのブエンディアにあるバス乗り場でバスを待っていました。ブエンディアは正式な停留所ではないのですが、昔からバスが止まる場所として地元の人に使われているスポットです。
その角には、タホ売りや茹でとうもろこしの屋台が並んでいて、人と物でごった返した埃っぽい場所です。
そこに、フェンスに繋がれた子犬がいました。
ギャンギャン、ギャンギャン。ずっと鳴き続けていました。
フィリピンの雑種犬のことを、アスピンといいます。「Asong Pinoy(アソン・ピノイ)=フィリピンの犬」を縮めた言葉で、街角や路上でよく見かける、この国の暮らしに溶け込んだ頭のいい犬たちです。その子犬も、そんなアスピンの一匹でした。
繋いである紐を見ると、プレゼントの梱包リボンや首からぶら下げるIDストラップなど、いくつもの紐を結び合わせて長くしたものでした。子犬はひどく痩せていて、見るからにボロボロの状態でした。
屋台の人たちが飼い主なのかな、と思って見ていたら、奥からガードマンが2人現れました。
「…保健所に連れて行くしかないねぇ」
その会話が聞こえた瞬間、理解しました。この子は誰かに捨てられたのだと。朝6時前からずっとここに繋がれ、鳴き続けていたのだと、後から聞きました。
すごく抵抗する子犬を抱き上げたガードマンと、目が合いました。すると…

このガードマンの方と何回かその後も会いましたが、犬好きの優しい人でした。
「これあんたの犬にしちゃいなよ。じゃないと保健所で終わりだわ」
なんでわたし!?むっちゃフランクにすごいことお願いされているけど!
フィリピンでは、引き取り手のない犬は保健所で処分されることがほとんどです。保健所に入った犬が出てこれることはほぼ起こりえない。処分の仕方は薬の投与ではなく、餌を与えず餓死させている。
実際にマカティの保健所に行って目にした光景が脳裏に浮かびました。
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助けてやりたいけど、どうしよう。ライアンの顔をちらりと見ました。
ライアンは、犬を飼うことを簡単によしとしない人です。すでに家にはパグの餅と、パグルのプーチンがいました。家は小さい。嫌だっていうんだろうなー…。これ以上は無理、と思っていたはずです。
ところが…
「連れて帰ろう」
彼が先に言いました。
名前はアンバー(仮)→本名へ定着
モールに行くのは後回し。とりあえず子犬を抱えて家に戻りました。
一時的な保護のつもりでした。でも仮の名前くらいは必要だろうと思って、命名のヒントを探してキョロキョロと周りを見渡しました。
目に入ったのは、近くのパンシットマラボン屋、Amberの看板。
パンシットマラボンというのは、柔らかい(マラボン)麺料理です。フィリピン人のソウルフード。
この子犬、痩せていて細長い。麺みたいだな。食べ物の名前をつけると長生きするってどっかで聞いたし…しらんけど…。目の色もアンバー色だな。よし。名前はアンバーだ。
仮の名前のつもりが、そのまま本名になりました。
2ヶ月の治療
すぐに動物病院へ連れて行きました。
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診断の結果は、2種類の乾癬、内臓の腫れ、そして高熱。骨が浮き出るほど痩せているのに、ご飯をほんの少しも食べない。耳たぶや皮膚が真っ赤で、ところどころから血が滲んでいました。足の裏の肉球も腫れていて、痛さとかゆさで苦しそうでした。
治療には2ヶ月かかりました。
その間、アンバーはよく仕事中の私の膝の上で寝っ転がってました。
回復中だからか、1日のほとんどを睡眠に費やしている。
そうしているうちに、乾癬が私のお腹にも移ってしまいました。
獣医さんのところにいって私のお腹の相談をしました。
「水虫用の石鹸でも使って洗っとけ。人間用のでいいから!」
怖がりだった理由
アンバーは、とにかく怖がりな子でした。

人が怖い。子供が怖い。外が怖い。水が怖い。
なぜこんなに怖がるのだろうと思っていたら、近所の人が教えてくれました。アンバーが以前住んでいた場所を知っている、と。そこにはたくさんの子供がいて、アンバーはいつもいじめられていたのだそうです。
あんた見て見ぬ振りしてたのかよ…というのはともかく。
フィリピンでは、アスピンは「アスカル(路上にいる犬)」とも呼ばれ、家畜以下に見る人も少なくありません。防犯のために外に繋ぎっぱなしにしておくのがよく見る風景で、家の中で飼うなんて、という人もいます。血統書付きの犬でなければ興味を示さない人も多い。アスピン=雑種=ランクが低いもの、という意識は今もフィリピンの日常に根づいています。
アンバーは、アスピンの中でも典型的な顔立ちをしています。鼻筋から口元にかけて黒く、耳は垂れている。特別に「愛らしい」とされる特徴はありません。
そしてもう一つの特徴が、どうしようもなく細い体型。2ヶ月かけて治療して、ご飯もちゃんと食べるようになっても、細いままでした。心配して動物病院で検査してもらいましたが、異常はなし。これが彼女の体型なのだと、そういうことでした。
悲しいかな。フィリピンスタンダードの「可愛い犬」とされる条件を、ことごとく外している。
フィリピンの人たち自体が、マレー、チャイニーズ、アメリカに、スペインと、いろんなルーツが混じり合った国民であるのに、犬の多様性を尊重できないひともこんなにいるのか…。しかし、今さら誰かに責める気にはなりません。
こんなに美人なのに。
しゃーない。アンバーさん。あんたうちの子になりなさい。
8年後のアンバー
あれから8年が経ちました。

肋骨もお尻の骨も、もう見えません。毛並みは落ち着いて、肉もしっかりついた。健康そのものです。
マカティからケソンシティへ、そしてアマデオへ。引っ越しのたびに一緒に移動して、今は広い庭を自由に走り回っています。
ご飯の時間になると、ブルース・リーのようにぐるぐると回ります。全身で喜びを表現するようになりました。
お客さんにも、ある程度愛想を振りまくようになりました。お行儀も大変よろしい。
夜は、いつも私の隣で寝ています。
誕生日に31アイスクリームを食べに行くはずだったあの日、バスを待っていなければ。ガードマンと目が合わなければ。ライアンが「連れて帰ろう」と言わなければ。
アンバーはいなかった。ただ…。
可哀想な犬猫を個人レベルで助けるということ
捨て犬や助けを求める犬なら誰でもみんな助けなくちゃ、というのは本当に理想的で、そうできたらいいんでしょうけれど、やっぱり行政や地域の助けがあってもとても難しい。
ましてやフィリピンにはそれらが本当に少ない。
ここに住んでて思うのは、犬や猫を助けようとすると、1人への負担が大きくなりがちなんですよね。
助けが必要な犬猫を見かけない日はない。たくさんの痛々しい動物たちであふれています。
彼らを全部救える?それは現実的じゃない。
ましてやあなたが外国人だったり、中流から上流クラスの家庭にいたら「だったらあなた全部面倒見てよ」という流れになりやすい。助けを求めにくくなる弊害もある。
無理はする必要は全くなくて、出会うタイミングを見計らうことも重要なのかなって思います。ライアンへの31歳の誕生日に出会したこの犬は、間違いなく「出会うべきしてあった子」なんだと思ってます。
この1週間後、もう一匹のアスピンを引き取ることになります。台風の夜、橋に挟まっていた犬——イスラの話は、また別の記事で。
🇬🇧English content : The Day We Picked Up a Dog — Amber the Aspin, and Ryan’s 31st Birthday

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