「正しく言えないなら、話さない」—フィリピン人英語教師の夫が見た、日本人と英語の関係

英語のレッスンで、25分間一言も話せなかったことがあります。

きっかけはハリーポッター。「最近何を読みましたか?」と聞かれて、咄嗟に「読みました」と答えてしまったのが運の尽き。「どんな内容でしたか?」と返されて、頭が真っ白に。そもそも私、ハリーポッターに全く興味がないんです。ファンタジー、無理で。

それ以来さらに読みたくなくなりました、ハリーポッター。

この話はあとで詳しく書くとして——この「完全に固まった25分」は、日本人と英語の関係をよく表しているエピソードだと思います。

夫のライアンはフィリピン人の英語教師で、これまで日本人・韓国人・中国人など、さまざまな国籍の生徒を教えてきました。今回はライアンに「日本人の生徒をどう見ているか」を率直に聞いてみました。ライアンとの馴れ初めはこちら

目次

そもそも、日本人は英語を話さなくていい環境にいる

「日本人って英語が話せない」とよく言われますが、そもそも話せなくて当然の環境にいるんじゃないかと思うんです。

だって、英語が話せなくても大学を卒業できるのって日本ぐらいじゃないですか(韓国・中国はどうなのか正直わからないけど)。私たちは、全てのことが日本語で完結する世界に住んでいる。

同時に、アメリカやイギリスへの憧れはある。あの人たちみたいに堂々と話したい、かっこいい。でも彼らみたいにはなれない——そういう気持ちやジレンマは確かにある。日常に英語は入ってこない。

だから、ライアンが生徒さんたちに「どうして英語を勉強しようと思ったの?」と聞くと、こんな答えが返ってくるそうです。

  • 映画を字幕なしで観たいから
  • 困っている外国人がいたら助けてあげたいから
  • ボケ防止

……日本国内で完結する理由ばかりなんですよね。自分から海外に飛び出てどうこうする、という理由があまりない。

自分の意見を言う場面も、必要性もない。

でも英語を「話す」ということは、これを避けられないわけで。文法や単語がわかっても、TOEICで満点が取れても、会話ができない人がいる。ライアンの生徒さんにも実際にいるそうです。

それが「日本人は英語が話せない」の正体なんじゃないかな、と私は思っています。

ただ、日本社会も変わってきていますよね。移民が増えて、街で外国語が聞こえる場面も増えてきた。「害国人は出ていけ」と言っても、この流れはもう引き戻せないんじゃないかな。だからこそ、英語が日常になっていく必要性は、前より確実に増してきていると思います。

日本人の生徒の第一印象:「心を開くまでに時間がかかる」

ライアンに「日本人の生徒の特徴は?」と聞くと、まず出てきた言葉がこれでした。

日本人はとても控えめで保守的なんだ。心を開くまでに時間がかかる。感情を全部出すっていうことが少ない。でもこれは英語に限った話じゃなくて、日本人の文化的な特徴だと思う。

これを聞いて「あー、わかる」と思った私。というか、これは私自身の話でもあります。

英語コンプレックスが強烈に芽生えたのは、中学校の英語の授業でした。

私の英語コンプレックス1:英語教師が授業で陽キャラに豹変

バイポーラーな英語の先生。無理やりテンションをあげて授業をしていた先生でした。

普段は無口なバーコード頭の先生が、英語の授業になった途端にハリウッドスターよろしくハイテンションで話し始めるんです。それを見てすっかり肝を冷やしてしまって。「英語を話すというのは、ここまで自我を捻じ曲げないといけないのか」と。

しかも生徒がそれを見て笑ってる。英語のRの発音とか、いわゆる「英語っぽい」発音を真似てやろうとすると「アメリカ人みてぇだなあははは」とからかわれる。

日本的な発音が正しくないとわかっていても、英語らしく発音しようとすると「寒いやつ」になる。10代で気の小さかった私には、それが耐えられなかった。

私の英語コンプレックス2:下手な音読を晒す授業

英語の教科書を読まされるのも辛かった。私が気が小さかったせいもあるんでしょうけど、「こんな会話普通はしない」っていう内容を読み上げるのも拷問でした。
英語の教科書を読まされるのも辛かった。
私が気が小さかったせいもあるんでしょうけど、「こんな会話普通はしない」っていう内容を読み上げるのも拷問でした。

高校でも似たようなことがありました。教科書を立って読まされる場面で、間違えないようにしなきゃと思って体に力が入ったんでしょうね。先生に「佐藤さん、そんなに力まなくていいんだよ。顔が真っ赤で可哀想」と笑われた。クラスの雰囲気は良かったし先生に悪意はなかったと思うんだけど、なぜか今でも忘れられない記憶で。傷ついてるんだろうか、私?

英語に限らず、あの頃の授業って「つっかかるまで読み続けて、つっかかったら次の人に回す」みたいなやり方ありませんでした?つっかかると「家で予習してこなかっただろう」と言われる。そういう積み重ねが、「失敗は怖くて恥ずかしい」という感覚を育てていったんじゃないかな、と今では思います。

どうして様子見するんだろうね、わたしたち。やっぱり恥をかきたくないんだろうな。「寒い人」って思われるのを極端に嫌がるのかもしれない。

フィリピンの人なんてほんと良くも悪くも適当なのに…っておもっちゃう。そこまで私たち「全問正解」にこだわらなくていいんですよきっと。世界はそんなに、思うほど真面目じゃない。

日本人の英語の「強み」と「弱点」

ライアンは日本人の特徴を「諸刃の剣」と表現します。

強み:技術的な正確さ

日本人の生徒は、自分の書いた文章を批判的に見る目を持っている。欠陥だらけの文章を避けようとするし、正しく構成しようと努力する。これはすごくいい資質だと思う。

確かに、日本の学校教育で叩き込まれる文法の基礎は相当なもの。「英語が話せない」と言われがちな日本人ですが、筆記の正確さという面では韓国人・中国人の生徒と比べてもライアン的には日本人のほうが勝っていると感じることも多いようです。

弱点:「完璧じゃないなら話さない」

ここが核心でした。

でも、その正確さへのこだわりが裏目に出ることがある。完璧に言えないなら、むしろ話さないことを選んでしまう。これが一番の障害(ヘジテーション)になってる。

…これ、完全に私も昔そうでした。

「どうせ訛るし」「文法が合ってるか自信がない」「笑われたらどうしよう」
「ていうか話してるそばからもう訂正されたくない!!」
——そういう気持ちが、口を閉ざす原因になっていたように思います。

そのトラウマを克服しようとしたことがあって。当時英語の先生だったライアンに「音読の練習をしたいから付き合ってほしい」とお願いして、スクールのテキストを一緒に読んでみたんです。

文字がすっと頭に入ってこないんです。簡単な文でも読み間違える。そのうちになんかすごく嫌な気持ちになってきて——気づいたら大号泣していました。

あのとき初めて、自分が英語に対してかなり強いトラウマを抱えていたんだと気づきました。ライアンはそれを目の前で見ていたわけです。

別の先生とのレッスンでも、忘れられない出来事がありました。

ハリポタ事件:質問に答えられず25分の授業終了

「読書は好きですか?最近何を読みましたか?」と聞かれたんです。ちょうど友人からもらったハリーポッターの英語版のことが頭をよぎって、思わず「読みました」と答えてしまった。

「どんな内容だったか教えて」

そこで頭が真っ白になりました。そもそも私、ハリーポッター好きじゃないんです。ファンタジーには全く興味がない。でも今さら「嘘でーす」とも言えず、まるで催眠術にかかったかのように口が固まって。

「リラックスしていいんだよ」「なんでもいいから思ったことを話して」と先生が気を遣って話しかけてくれるんですが、どうにもならない。そのまま25分が経過して、授業終了。

これが思ったよりショックで、もう全てをぶっ壊したいような、消えてなくなりたいような気持ちになりました。

その話をたまたまニューヨーク在住の知人にしたら、こう言われたんです。

「そんなの、適当に答えればよかったのに!真面目に答えようとしなくていいんだよ」

「読んだけどよくわからなかった」でいい。「覚えてない、実は興味湧かなくって」でいい。
「よくわかんない」でもいい——と。

好きな色を聞かれて「赤が好き」と答えたとする。「どうして?」と聞かれたら、論文みたいな理由を用意しなくていい。「どうしてかわからないけど、赤を見ると元気が出る」でいい。

これが私にとって大きな転機になりました。
「正しく言えないなら話さない」じゃなくて、「とりあえず何か言う」でいいんだ、と。

後日、このハリーポッター事件をライアンに話したんです。そしたらこう言われました。

その先生はいい人なのかもしれないけど、上手じゃないね。明らかに生徒が困ってるのに、別なパスを渡せなかったなんて最悪だよ。

「別なパス」——この言葉が引っかかりました。行き詰まったとき、別の道を用意できるかどうか。それが教師の腕の見せどころだということ。

「話せる場所」を作ることが先決

では、どうすれば日本人の生徒は「話せる」ようになるのでしょうか。

ライアンが先生として大切にしているのは「内容より先に、場の雰囲気を整えること」だと言います。

教師として意識しているのは、生徒が自由に話せると感じるポイントを探ること。適切な質問を投げかけて、生徒が発言しやすい土台(プラットフォーム)を作る。難しい質問じゃなくていい。『今日の調子はどう?』でもいい。まず話し始められる状況を作ることが大事。

そして、もうひとつ大切にしているのが「バイブス(雰囲気)」です。

話す内容よりも、その場のトーンや雰囲気のほうが大切だと思う。生徒が『これなら自由に話せる』と感じられれば、自然と心理的なブレーキ(インヒビション)がなくなっていく。

これはレッスンの場だけでなく、日常会話でも同じだと思います。相手が「この人と話してもいいんだ」と感じられる空気を作ること——それが「英語が話せる環境」の出発点なのかもしれません。

正確さより「伝わること」を先に喜ぼう

物事を英語で単純に表現する練習をしよう。スイカをどのくらい単純化して説明できるか。こういう練習も役に立ちました。

ライアンとのインタビューを通じて感じたのは、日本人が英語を苦手とする理由の多くは「言語能力の問題」ではなく「心理的な壁」なのかもしれないということ。

文法の基礎がある、正確さへのこだわりがある——これは実は大きな武器です。あとはそれを「怖くて使えない状態」から「とにかく使ってみる状態」に変えていくこと。

ライアンが言っていた言葉が印象的でした。

言語は道具だから。完璧じゃなくても、伝わればいい。まず使うことで、だんだん上手くなっていくよ。

英語学習に行き詰まっている方、ぜひこの視点を持ってみてください。

英語コンプレックスの塊だった私からのアドバイス。🍺ビールを飲め🍺

なんのこと?っておもうでしょう。逆説的ですね。
私はこれがすごく効果があったんです。

シラフだと色々考えちゃうじゃないですか。
だから酔っ払って、脳みそを適当な状態にしておくんです。

1ヶ月間、ドイツはミュンヘンに滞在したことがあります。
その時、英語は話せたけど、やっぱりスムーズに話せないというレベルでした。

私が滞在したところでは朝からビールを飲んでもいい環境だった。「ビールは食物だ」という土地柄だった。

うまく言葉が出ないときに、一言「ビールをください」

それで毎日飲みまくって、体重は6キロ増えましたが、会話は流れるようにできたんです。
余計なことを考えないことがいちばんだと思います。お酒にほんの少しだけ頼ろう。ぜひ試してみてください。


👉 フィリピン英語の特徴と歴史的背景——ライアンに聞いてみた

👉 フィリピンでTESOL取得した話|大学中退夫婦の体験談と費用のリアル

Kumiko Sato
✍ Author
Kumiko Sato

フィリピン在住の日本人ブロガー。文化・食・日常生活をテーマに、日本とフィリピンのあいだにある歴史や文化のつながりを紹介しています。
フィリピン人の夫とカビテ州アマデオで暮らしながら、海外生活のリアルを記録しています。

→ プロフィールを見る
人気ブログランキングでフォロー フィリピン(海外生活・情報)ランキング
フィリピン(海外生活・情報)ランキング Pinas Hapon Life|フィリピン生活記 - にほんブログ村 にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次